人間関係は活躍・定着に影響するか ネットワーク分析を用いた定量研究
  • 更新:2023.05.19
  • 投稿:2022.11.25

人間関係は活躍・定着に影響するか ネットワーク分析を用いた定量研究

研究レポートの要約

 本レポートでは、職場の人間関係が社員の活躍や勤務継続・離職に及ぼす影響について検討を試みた。検討手法としては、株式会社セプテーニ・ホールディングスで行われている「社員同士が感謝のメッセージを送り合う」イベントのコミュニケーション・データを用いてネットワーク分析を行い、活躍や離職の指標との相関関係を分析している。分析の結果、幅広い人間関係を構築できる社員、特に重要な人物との繋がりを持つ社員ほど活躍しやすいこと、そして良質なコミュニケーションが密にとられている職場ほど離職が抑制されることが実証された。この結果をもとに、どのような人事施策が人材の活躍や離職防止に必要か、またどのような研究展望があるかについて考察を進めた。

研究背景

問題

研究の問題意識と分析対象

 「組織生活を送るうえでは人間関係が重要だ」「人間関係をうまく作ることができる人は優秀だ」とは、組織生活について一般的に言われることである。しかしこれは根拠のある知見なのだろうか。また、具体的にどのような人間関係や、関係を作ることのできる能力が、なぜ重要になるのだろうか。本レポートでは、セプテーニ・ホールディングスにおいて定期的に実施されているイベントと、そのコミュニケーション・データの分析を用いて、この問いについて定量的に検討したい。
 まず分析の対象となる、セプテーニ・ホールディングスで実施されているイベントについて概説する。このイベントは全社員が全社員に対して「感謝のメッセージを送り合う」というイベントで、社内では「ひねらんかいメッセージ」という名称で呼ばれている。2017年まで年に一度行われており、社員にも好評だとされる。このイベント実施に伴って、同社ではイベントのたびにメッセージの概要が定量化されて蓄積されていた。つまり、①誰が、②誰に、③何文字ほどのメッセージを送ったかというやりとりの概要が数値化されており、この情報は社内での良質なコミュニケーションや人間関係を象徴的に表すものだと解釈した。「感謝のメッセージを送る」というイベントの性質上、そのメッセージは「日頃お世話になった相手」に対して送られることが多く、背後には日々の部署内外の仕事上の繋がりや、そのなかでも「感謝」に値する特に重要な繋がりが表れていると推定できる。従って、あくまでも一時点のコミュニケーションのデータではあるが、これが社内の良好な人間関係を端的に表していると仮定して、分析を行った。

分析の方法:ネットワーク分析と学術的知見

 このコミュニケーション・データに適用する分析方法として、本レポートではネットワーク分析(network analysis)を用いた。ここではこれがどのような分析で、過去にはどのようなことが示されてきたのかについて概説する。
 ネットワーク分析とは、様々な対象の繋がりを「点」と「線」として捉えて、その繋がりを可視化し、分析するための分析方法である(鈴木,2017;図1)。分かりやすい具体例としては、ウェブサイト同士の繋がりの分析が挙げられる。一つ一つのウェブサイトを「点」、相互に貼られているリンクを「線」として定義すると、あるウェブサイトが他のどのようなウェブサイトと繋がっているか、また多くのウェブサイトと繋がっているものはどれかが特定できる。そして、より多くの、また有力なウェブサイトと繋がっていることをもって、ウェブサイトの相対的な「重要度」が評価可能になる。こうした仕組みに基づくPageRankと呼ばれる指標は、かつてGoogle検索の仕組みにも使われていたものとして知られている。

ネットワーク構造のイメージ図

 ネットワーク分析は、ウェブサイトに対してだけ使われるものではなく、人間関係に対しても適用可能である。こうした分析は「社会的ネットワーク」(social etwork)の分析と呼ばれることがある。この分析では、人間関係も図1のような「繋がり」の総体として捉えられ、繋がりを知ることによって、人間関係や集団、組織を捉えられるという仮定が置かれる。そして人はこの繋がりから様々な情報を得、それに基づいて日々活動をすると考えられている。
 過去にも社会的ネットワークの分析を行うことで、Granovetter(1995,渡辺訳1998)やBurt(1992,安田訳2006)など、様々な知見が導かれてきた。Burtは、複数のコミュニティとの間に繋がりを持ち、いわばコミュニケーション・ハブのような役割を果たす人1は、そうでない人よりも多くの情報に触れることができるために多くの報酬を得られると考えて、実証研究を行った。彼はアメリカの大手IT企業でアンケート調査を実施し、「あなたにとって重要なことを相談した人」などを挙げてもらうことで、社内の社会的ネットワーク構造の可視化に取り組んだ。その結果、多様なネットワークを持っている人ほど、社内での昇進も早く、従って優秀であることが実証された。図1のネットワーク構造の例で言えば、A・B氏やD・E氏のように特定の人・コミュニティとしか繋がっていない人よりも、多様な人と繋がっているC氏の方が優秀であるという結論が導かれる。
 また田原・三沢・山口(2013)は、IT企業のエンジニアのコミュニケーション・データを対象としてネットワーク分析を行っている。この研究では、日立ハイテック社製の「ビジネス顕微鏡」と呼ばれる機器を用いて、誰が、誰と、どの程度コミュニケーションをとったか(会話したか)を定量化した。そのうえで、チーム内のコミュニケーションの構造を「次数平均」(どれだけ多くの人と繋がっているか)や「密度」(チーム内でどれだけ多くの人同士が繋がっているか)などを用いて定量化し、職務満足度やチームワークの良さを測定した心理尺度との相関関係を分析している。しかし研究の結果はやや複雑であり、コミュニケーションの多寡だけでなく、コミュニケーションの「質」(e.g.未熟ゆえにコミュニケーションが多いのか、コミュニケーションが充実しているのか)も考慮する必要があると結論付けられている。
 このように、ネットワーク分析を用いて人間関係を可視化し、その良し悪しを検討する試みは先行研究にも多いが、データの取得が困難なことから、十分に一貫した結論は導ききれずにいる。また、一言で人間関係と言っても、「重要なことを相談する相手」のような繋がりや(Burt,1992)、質を問わないコミュニケーション量(田原他,2016)など様々な種類があり、十分に網羅できる研究量はない。

1 専門的には「構造的空隙」(structural hole)と呼ばれる概念について、本レポートの実務家向けの趣旨に合う形で簡単に記述した。

今回の分析の目的

 本レポートでは上記の社会的ネットワーク分析を用いて、セプテーニ・ホールディングスのコミュニケーション・データを分析する。その最大の意義としては、田原他(2013)と同様に、企業組織内の「自然なコミュニケーション」を分析することで現場に近い示唆を得ること、そしてコミュニケーションの中でも「感謝」という独特な内容の分析を試行することにある。具体的には本レポートでは次の3つの目的に取り組む。

 目的1:日本の実際の組織データを用いた分析をする 第一の目的は上述の通り、日本において、かつ実際の組織活動の中の営為に基づくデータを分析対象とすることである。一般にネットワーク分析はアンケート調査などで「わざと」人間関係を可視化させる手法が取られることも多い(e.g.Burt,1992)。しかし、こうした手法は必ずしも組織の自然な状態を可視化できているとは言えない点に課題がある。これに対して本レポートでは、組織において日常的に、かつ分析を目的とせずに行われていたイベントのデータを用いることで、より現場に即した、自然なデータの分析を試みる。

 目的2:良好な人間関係の影響を実証する 第二の目的が人間関係の様々な影響を、統計的に実証することにある。「人間関係は大事だ」ということ自体は広く語られることだが、その根拠となるエビデンスは必ずしも十分ではない。本レポートでは、特に人材の活躍度や離職などとの相関関係の分析を通じて、この主張の根拠となるエビデンスを得ることを目指す。なかでも「感謝」に基づく良好な人間関係の影響を分析することが本レポートの特徴である。そしてこれを通じて、人間関係の醸成は組織マネジメントや人材マネジメントにおいて、時間・資本などを投資するに足るという知見を得ることを目指す。

 目的3:どのような人間関係が重要か検討する 最後に第三の目的として、数ある人間関係のなかでも具体的にどのような種類の人間関係が有効なのかについて分析を行う。詳細は後述するが、ネットワーク分析では人間関係の様々な種類(e.g.同質的な構造、異質な構造)を定量化することができる。このように、具体的にどのような人間関係を醸成することが人材の活躍にあたって重要なのかを特定することで、社内でどのような人間関係構築を促せば良いか、実務的な知見を得ることも目指す。

 

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