副業の実態ならびに効果の定量的検討
  • 更新:2023.05.19
  • 投稿:2022.11.25

副業の実態ならびに効果の定量的検討

研究レポートの要約

 本レポートでは、セプテーニ・ホールディングスの社員を対象とした「副業」の分析を行った。具体的には、セプテーニ・ホールディングス内で副業経験者を対象に実施した(1)アンケート調査、そして当該社員の(2)人事データ(レピュテーションスコア1やエンゲージメントスコアの変化)を用いて、どのような副業に取り組み、何を得て、どのように成長する社員が多いのかについて定量的に分析を行った。分析の結果、(1)セプテーニ・ホールディングスの社員が挑戦する副業は収入の補填目的というよりも新たなスキルや力の獲得など、経験を目的としたものが多かった。また(2)副業を通じて強い成長感やビジネスパーソンとしての人生の充実を感じた社員も多く、そして(3)自身で試行錯誤や挑戦を重ねるような性質の副業に挑む人ほど成長感やキャリアの充実を感じる傾向にあった。さらに、(4)副業前後のレピュテーションスコアとエンゲージメントスコアの変化を分析した結果、レピュテーションスコアには副業開始後の1~3年間で統計的に有意な上昇は見られなかったが、エンゲージメントスコアには統計的に有意な上昇がみられた。従って副業の経験はレピュテーションスコアという目に見える形ですぐに活躍には繋がらないかもしれないが、少なくとも副業によって本業がおろそかになって活躍が低下する可能性は低く、また会社に対するエンゲージメント(職場に納得し、愛着心を持って働くこと)の向上という変化は期待できるものと考えられる。本レポートではこうした結果が得られた背後の可能性としての「越境学習」の先行研究にも言及しつつ、社会的にも先進的な「副業」が持つ可能性について、セプテーニ・ホールディングスにおける今度の「副業」の利活用の可能性や展望にも触れつつ議論する。

1 株式会社セプテーニ・ホールディングスにて運用される360度マルチサーベイにより算出されるスコア。全社員が全社員を評価することができ、同社では人材に関する周囲の「評判」を可視化した指標として扱われる。なお、Human Capital Report -No.17/2017.7.10 にて同スコアと個々の従業員の業績指標に正の相関関係が確認されている。

研究背景

1. はじめに

背景:副業制度の導入をめぐる状況

 昨今、副業の解禁および人材育成への活用が社会的に話題になっている。2022年6月24日の日本経済新聞の記事によれば、厚生労働省は企業に対して、従業員に副業を認める条件や制限理由などの公表を促す方針であるとされ(日本経済新聞,2022)、国による副業の推進も進んでいる。当事者である企業側の立場からすると、副業の制度を導入する主な目的は「従業員のモチベーション向上のため」「従業員の定着率の向上、継続雇用に繋がるため」「従業員の収入増に繋がるため」などであるとする調査結果もある(リクルートキャリア,2021)。
 次にこうした背景を踏まえて、セプテーニ・ホールディングスに固有の背景を整理する。セプテーニ・ホールディングスが主な事業領域としているデジタル・マーケティング業界は、成長産業であると同時に、機材や設備への投資が成功を大きく左右する製造業などとは異なり、人的資本やチーム、組織などの質(優秀さ)によって成功が左右されやすい。その一方で、成長産業ゆえに人材の流動性が高いために、優秀な人材が離職しやすく、また中途採用では過酷な採用競争が起きることが企業にとっては課題である。従ってセプテーニ・ホールディングスを含むデジタル・マーケティング業界では特に、優れた人材を獲得または育成することや、そうした人材に長く自社に勤め続けてもらうことの重要性が高い一方で、その困難さも比較的大きいと言える。
 こうした背景を踏まえて、優れた人材を獲得し、長く勤務してもらうために考えられる代表的な二つの方法を述べる。
 一つめの方法が、新卒採用の段階で潜在能力が高い人材を見抜いて採用し、その後も効率良く育成を続けることである。セプテーニ・ホールディングスは長年この戦略に沿った取り組みを続けており、「活躍予測モデル」を洗練させた根拠ある採用判断や、採用後の個々人に最適化した育成機会の提供などの取り組みを続けてきた。この取り組みが一定程度奏功し、これまでにも多くの優秀な人材とともに企業が発展することができた。
 二つめの方法が、そうして採用・育成した優秀な人材にとって魅力ある、活躍できるフィールドで会社があり続けることである。そのためには活躍に見合った待遇を社員に提供することも当然ではあるが、それに加えて、会社に所属しながら自己実現や成長を続けられる環境を整えることも重要である。一般的に人が働くうえでモチベーションの源泉となる要因には、金銭的なもの(衛生要因)に加えて、成長や能力の発揮などの仕事のやりがいに関するもの(動機づけ要因)も含まれるとされるため(cf. ハーズバーグの動機づけ衛生理論, 菊入(2019))、二つの要因を両方整えることが欠かせない。
 副業制度もこのような背景でセプテーニ・ホールディングスに導入された。すなわち、業務外活動を通じて働き手にさらなるスキルアップの機会を認めるとともに、自社における仕事だけでは得られないやりがいや成長機会に繋げてもらうことが、セプテーニ・ホールディングスにおける副業制度の主な導入目的だった。

背景:副業制度の意義や効果に関する研究

 しかし副業制度は果たしてこうした望まれるような効果が本当にあるのだろうか。副業は日本では近年になってようやく本格化した取り組みであり、従って先行事例も少なく、十分なエビデンスもあまりない。ただしわずかながら存在する先行研究からは、副業がポジティブな効果を持つ可能性と、ネガティブな効果を持つ可能性の両方が指摘されている。
 まずポジティブな効果としては「越境学習」によるモチベーションやスキルの向上の可能性が挙げられる(川上,2021)。越境学習とは、組織の境界を越えて経験を積み、そこから学習することで、組織の中だけでは獲得できない知識やスキルを身に付けたり、自身のキャリアに対する内省を深めたりするような学習経験のことを指す(中原,2021)。従来は社外の勉強会や(中原,2021)、プロボノ活動などがこうした「越境」の主な研究対象や事例とされてきたが、この考え方は副業にもあてはまる。つまり副業を通じて得られた自社では得られない経験を通じて、何かを学び取り、それを本業に還元するような学習もまた成立しうる(川上,2021)。また Sessions, Nahrgang,Vaulont,Williams,&Bartels(2021)の研究によれば、副業でモチベーションややりがいを強く感じるほど、それが本業にも波及し、本業のモチベーションも強まるといった効果があるという分析結果もある(こうした効果のことをスピルオーバーと呼ぶ)。
 一方のネガティブな効果としては、本業に加えて副業にも労働時間を割くために、それが働きすぎや消耗に繋がる可能性も危惧されている。前掲の Sessions(2021)の研究では、副業に熱中しすぎることが、本業に取り組む時間中にも副業のことが頭をよぎってしまい、かえって本業のパフォーマンスを低下させる効果もみられている。従って副業を推進するうえでは、単に副業制度を導入するだけではなく、こうしたネガティブな効果を最小化し、ポジティブな効果を最大化するような工夫も同時に求められる(e.g.,労働時間管理や健康経営への取り組み、業務中に集中しやすいオフィス環境やICT環境の提供など)。
 しかし日本では副業を推奨する動きが近年になって始まったばかりで、日本社会で副業がどのような効果をもたらすのかについては未知のままである。さらに言えば、副業の効果は業界や、企業風土によっても異なるかもしれない。特にセプテーニ・ホールディングスが位置するような産業では、個々の人材が持つスキルが企業と個人の成功を大きく左右するために、ポジティブな効果が強く出る可能性もおおいに考えられる。

本研究の概要

 以上を踏まえて本レポートでは、「副業制度の効果」をテーマとして、セプテーニ・ホールディングスにおける副業経験者を対象とした調査・分析を行う。具体的には、副業経験者を対象としたアンケート調査と人事データを組み合わせて分析を行う。
 本レポートの目的を細分化すると、次の二つに分けることができる。まず、副業経験者を対象としたアンケート調査の分析を通じて、「副業の状況やそこで得られると感じているもの」を可視化することである。言い換えれば「セプテーニ・ホールディングスにおける副業の実態を知る」ことが一つめの目標とも言える。これを通じて「副業」という漠然とした言葉の実態を捉え、明確化したうえで、二つめの目的に向けた論点を整理することを目指す。
 二つめの目的が、本レポートで最も重要な「副業の効果」の検証である。どのような性質の副業に挑むと、働き手にとっての成長感や、キャリア(または職業人としての生活)の充実に繋がるのだろうか。また、こうした副業のポジティブな効果がみられやすい人材の特徴は何かあるのだろうか。本レポートはこうした問いに対する答えをデータから導くことを目指し、アンケート調査の分析を行うほか、副業の前後でレピュテーションスコアやエンゲージメントスコアの得点を比較し、客観的な指標をもって副業の効果の有無を分析する。
 ただし本レポートではあくまでも「既に先進的に副業に取り組んでいる社員」のうちアンケート調査の回答が得られた人数のデータを中心に分析を行うため、必然的に分析対象者数が限られる。しかしその限界を踏まえても、70人弱のデータが得られているため、そうした数の蓄積を活かして、今後の議論の土台になるようなエビデンスを探索的に得ることを目指す。

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