360度マルチサーベイによる成長度合の測定方法
  • 更新:2023.05.19
  • 投稿:2022.11.25

360度マルチサーベイによる成長度合の測定方法

研究レポートの要約

 本レポートでは、株式会社セプテーニ・ホールディングスにおいて実施されている、社員の「評判」を定量化する取り組みについて事例研究を行った。そして本事例に限らず、評判に代表される「社会的な指標」を定量化することで、従来客観的なパフォーマンスを中心的に検討してきた人事データ分析の限界がどのように克服され得るか、また実務上・研究上重要な取り組みになり得るかについて考察した。

研究背景

はじめに

 近年HRテクノロジーの流行を中心に、人事・組織にまつわる問題解決をデータ分析や客観的なデータの収集によって支援しようとする動きが広がっている。そのなかで重要な課題が、分析対象として「何を測るか」という問題である。一般的には、「優秀な人材を予測する」という目的のもと、客観業績や生産性などが分析対象となることが多い。しかし、これらの変数には、定量化の難しさや、数字に表れにくい職務行動や心理・社会的な要因(e.g.,助け合いやコミュニケーション、人間関係の円滑さ)が反映されにくいなどの問題がある。
 そこで本レポートでは、株式会社セプテーニ・ホールディングス(以下「セプテーニ・ホールディングス」)で用いられている「360度マルチサーベイ」を事例として取り上げ、「社会的な指標」を補足的に測定・分析することの意義について論じる。この指標は、全社員が全社員を評価し、被評価者が社内で持たれる「評判」を可視化する指標である。この指標の意義について理論的・実証的に検討するとともに、実践上の注意点についても考察したい。

背景

「客観的パフォーマンス」の評価が持つ難しさ

 一般的に人事評価の対象となりやすいのは、社員の営業業績や労働時間・生産性などの、いわば客観的なパフォーマンスである。「優秀な人材を予測する」ことを目的とした人事データ分析でも、この客観的なパフォーマンスが目的変数となることが多い。つまり「生産性が高い社員はどのような人か?」という問いが設定される。また、その測定方法も多岐にわたっている(e.g.,業績考課、目標管理、職務行動の360度評価;二村,2005)。
 しかし、客観的パフォーマンスのみを測定・分析することには限界もある。ここでは主な限界3つを取り上げたい。第一に、パフォーマンスの客観的な可視化が難しいという問題がある。人事評価上の様々な工夫こそ行われているものの(二村,2005)、個人の業績だけを切り出して可視化することが難しいことは度々あり得る。例えば、間接部門のように何が業績と呼べるのか判断が難しい場合や、複数人ないしチーム単位で営業活動や開発活動を行っており、チーム業績を個人の業績に切り分けることが難しい場合である。
 第二に、全社共通の客観的パフォーマンスの設定が困難である。例えば営業部門と研究開発部門、そして間接部門の間で、社員に求められる役割は異なる。従って部門間で測定すべき客観的パフォーマンスも異なってしまい、比較・分析が困難になる。「優秀な人材を予測する」というように一般的な問いを立てる場合には、部門間で比較が出来ないというのは致命的な限界になり得る。
 第三に、そもそも何をパフォーマンスと定義するかという、概念定義の問題がある。社会心理学における組織研究を引用すれば、職務パフォーマンスは大きく分けて2種類あり、a)課題パフォーマンス(役割内行動)、b)文脈的パフォーマンス(役割外の行動。組織市民行動とも)、の2つが代表的とされる(e.g.,池田・古川,2015)。多くの場合評価対象となるのは、営業業績などを含む前者である。しかしコミュニティとしての組織を維持するうえでは後者の文脈的パフォーマンスも重要であり、「業績をあげさえすれば良い」というものでもないことは明らかである。この点は、評価対象となる行動の種類を広げることで克服可能だが、しかしどこまでその種類を広げるのかという問題が新たに浮上してしまう。
 人事データの分析にあたって、分析者が以上のような「パフォーマンスをどう定義するか」という課題に直面することが、筆者らの経験上からも多いと考えている。そこで本レポートで新たに提案する方法が、客観的パフォーマンスではない「社会的な指標」を補完的に評価・分析に用いる方法である。

様々な目的変数と、社会的な指標の持つ補完性

 まず客観的パフォーマンスを離れて、一般的に人事データ分析で目的変数になりやすい指標を整理してみたい。図1は横軸に「パフォーマンス指標か、社会的な指標か」という測定対象の軸を、縦軸に「主観的測定か、客観的測定か」という測定方法の軸を取り、代表的な変数を整理した図である。
 まず横軸であるが、本稿では直接業績につながる行動・指標(e.g.,業績や生産性)を「パフォーマンス指標」と定義している。他方で、直接業績に反映されるわけではないが、間接的に組織の維持に重要な役割を持つ指標(e.g.,組織文化への適合、コミュニケーション量)を「社会的な指標」と定義している。これらの指標はどちらが優位にあるというものではなく、補完的に機能するものである(cf.課題パフォーマンスと文脈的パフォーマン)。
 続いて縦軸は、各種指標の測定方法に基づくものである。まず代表的なものが、アンケート調査への回答などによる「主観的測定」に依存する指標である。主観的指標には、回答に伴うバイアスの存在や、回答をどのように解釈するのかなど、様々な限界や難しさが伴う。他方、主観に依存しない「客観的測定」による指標も存在する。例えば、労働時間や客観業績などは、評価者・被評価者の主観が混ざる余地がほとんどなく、客観的に測定が可能である。ただしあらゆる指標が客観的に測定できるものではなく、指標化可能な変数の種類が限られる点に大きな限界がある。

代表的な目的変数の整理

 また、組織の研究として本稿で引用した論文を例に、どのような変数を用いているかを表1に例示した。この表に見られる通り、ここに示した多くの論文ではA(主観的に測定したパフォーマンス指標)を目的変数として用いているほか、一部の学術研究ではB・C・Dが目的変数として用いられている。この背景にあるのは、研究者が関心を持つような抽象的な概念(e.g.,組織文化への適合)は、未だ客観的ないし物理的に評価を行う方法が確立されておらず、主観的な回答をもって代替するしかないためである。また、企業内で実務家が行う分析では、抽象的な概念を用いるよりも「稼ぐか、稼がないか」というような成果指標が重視されることから、B(客観的に測定したパフォーマンス指標)がより多く用いられることが予想される。

変数を用いた学術研究例

 以上の分類軸のなかでも本稿で着目するのが「社会的な指標」である(図1左半分)。これは客観的なパフォーマンス評価ではなく、被評価者の組織内での評判や、被評価者の組織文化への適合(P-O fit; O’Reilly,Chatman,&Caldwell,1991)、コミュニケーションの円滑さ・十分さなど、いわば被評価者と周囲の人との関わり合いのなかで決まる要因を指す。パフォーマンス評価、なかでも客観的パフォーマンスとの相違点は表2の通りである。

客観的パフォーマンスと社会的な指標の比較

 主な違いは、客観的パフォーマンスの多くが被評価者個人に焦点化しているのに対して、「社会的な指標」は被評価者と組織との係わり合いや、周囲の社員との関わり合いのなかで「うまくやっている」程度を意味する点である。そしておおまかに言えば、前者は課題パフォーマンスと、後者は文脈的パフォーマンスと対応している1
 これらはどちらか一方だけで良いものではなく、いわば「両輪」であると考えられる。客観的なパフォーマンスのみを評価・分析対象とする場合、被評価者の文脈的パフォーマンスや、組織内での関わり合いの程度を切り捨てることとなる。従って、例えば「業績こそ上げるが、周囲の社員に迷惑をかけてチームワークを乱す」ような社員も「優秀」と評価されてしまう。しかし「社会的な指標」だけを評価対象とする場合、個人の業績・課題パフォーマンスが反映されにくいことから、評価の納得性の問題などが生じてくる。従ってどちらか一方だけで被評価者を評価可能なものではなく、両方を併用することによって、多面的な評価が可能になると考えられる(後述するが、セプテーニ・ホールディングスが運用する社会的な指標に関しては、客観的なパフォーマンスとの一定の関連が確認できている)。
 ただし「社会的な指標」には測定の難しさがつきまとうことにも最後に触れたい。客観的なパフォーマンスとは異なり、「社会的な指標」は多くの場合、アンケート調査などによる主観的な測定方法に頼ることになる2。従ってこの指標には、測定に伴う多くのバイアスが反映されてしまう。例えば代表的な問題には以下のものがある。

a)アンケート調査という方法に伴う問題:社会的望ましさの反映(自分を良く見せようとする)、実験者効果(評価者の意図を汲み、被評価者が回答を変える)、など。
b)測定の信頼性・妥当性の問題:「測ろうと意図したもの・概念を測れていない」という問題を指す。
c)非意識的なバイアスの問題:採用面接におけるハロー効果、性別ステレオタイプの影響、など。

 社会心理学を含む社会科学の研究者や、企業研究所の研究者などは歴史的・国際的にこの問題に取り組んでいるが、その専門知識なくしては、「社会的な指標」の定義・可視化は困難である。また多くの改善方法は、アンケート調査方法を精緻化すること(e.g.,被評価者に対して複数人の意見を平均する)と、厳密な統計分析手法(e.g.,信頼性と妥当性の検証)によって克服を試みる程度が限界となっており、客観的パフォーマンスの測定・分析と異なり、指標に対する納得感の醸成が比較的難しいという問題が常に付きまとう。

1 厳密には文脈的パフォーマンスそのものではなく、「文脈的パフォーマン スを促す諸要因」を指す。例えば被評価者が組織文化に適合していること は、それ自体が文脈的パフォーマンスや職務満足を意味するのではなく、 あくまでも組織文化への適合が文脈的パフォーマンスや職務満足を促すという構造になっている(e.g., Edwards & Parry, 1993; Kim, Kim, & Shin, 2011; O’Reilly et al., 1991)。
2 ただし近年は情報通信技術の発展に伴って、この「社会的な指標」を、主観に依存しない方法で測定する試みも行われている。例えば田原・三沢・ 山口(2013)は、職場のコミュニケーションを名札型のセンサーを用いて定 量化し、チームワークの円滑さの測定と分析を試みている。

本研究の目的

 以上の背景を踏まえて本レポートでは、「社会的な指標」の一部である「評判」を取り上げ、長年にわたってその可視化・分析に取り組んできた企業事例の事例研究を行う。研究を通じて、特に企業現場において「社会的な指標」が社員の納得感を伴う形でどのように運用可能か、また運用上の課題は何かという点について論点を提起したい。
 「評判」の定義だが、社会心理学では一般的に、ある人の過去の行動履歴やパーソナリティに関する情報が社会・集団の中で広まったものと定義される(e.g.,山岸,1998)。山岸(1998)によれば、評判には大きく分けて2つの機能があるとされる。1つ目が「統制的役割」と呼ばれるもので、被評価者(評価される人・評判を立てられる人)が、「良い評判」を求め「悪い評判」を回避しようと行動することで行動がコントロールされる機能を指す。2つ目が「情報提供的役割」と呼ばれるもので、評判を伝え聞く人が、被評価者の人間性を評価し、仕事を一緒にして良いかを判断する情報になるという機能を指す。
 代表的な例として知られるものが、「口コミ」を活用した各種ネットサービスである。例えば株式会社カカクコムが運営する「食べログ」では、飲食店に関する評判を収集・閲覧可能である。このサービスの一義的な役割は、消費者が「評価の高さ」や「レビューの内容」をもとに飲食店を選択可能になるという点にある(情報提供的役割)。また飲食店の側の立場に立てば、高い評価・評判を得るモチベーションが働くことによって、飲食店の運営改善やサービス向上が図られる(統制的役割)。このように評判はサービスの秩序維持のサイクルとして一般的にも用いられており、UberやAirbnbなどの海外で生まれたサービスにおいてもサービスの品質を保つために評判は重要な役割を担っている。ただし、このサイクルが正常に機能するためには、出来るだけ多くの、かつ信頼できる評判を集めることが重要になる。
 ここで企業における人材の評判に焦点をあてると、特に統制的役割が重要になる。評判を人事部や上司などが被評価者にフィードバックすることで、被評価者が職務行動を改善するきっかけになりうる。つまり、良い評判を得た点はさらに伸ばし、悪い評判を得た点は改善する、という改善活動を評判が促し得る。「食べログ」において評判の活用がサービスの秩序維持に重要な役割を果たしたように、組織において評判を集めることは組織の秩序維持にも役立つと推測できる。本稿ではこうした評判情報の活用が、企業の人事データ分析においてどのように運用されており、またいかなる意義を持つかについても考察したい。
 取り上げる事例は、セプテーニ・ホールディングスの360度マルチサーベイである。このサーベイは同社で約20年近く運用されているものである。その最大の特徴は、能力や組織適合に関する様々な要素について、全社員が全社員を評価できることにある。一般的な360度評価は評価者が職場のメンバーなどに限られているが、このサーベイでは多様な社員が評価者となる。従って被評価者が組織の中で得ている総合的な評判を、比較的客観的に可視化できるものと、同社では考えられている。本稿ではこのサーベイの特徴や、20年近くのデータ蓄積によって分かった分析結果、そして実践応用上の注意点について述べる。

 

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