[総論編] 組織再社会化とアンラーニング
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.25

[総論編] 組織再社会化とアンラーニング

本レポートの目的

 このレポートでは、主に中途採用者や異動者の組織社会化(組織再社会化)における重要な要素であり、近年注目が高まりつつある「アンラーニング」について紹介します。

1.組織再社会化とは

 【第1部】[総論編] オンボーディングの重要性で紹介したように、人口動態の変化など様々な社会環境の移り変わりを受け、個人が新たな活躍の場を求めて離職・転職を行う、人材の流動化が進んできています。この変化に伴い、以前の組織における常識や行動様式を一旦ゼロベースに戻し、新たな組織で再度社会化を行う「組織再社会化」が求められるようになってきました。
 組織再社会化とは、「以前に所属していた組織でいったん社会化された個人が新組織の一員になっていくプロセスであり、既存組織において学習されたものを必要に応じて捨て去り、新組織で目標達成に必要な知識・スキル・価値・行動を再学習し、新組織に適応していく過程」を指します(中原, 2017)。
 この概念は、【第1部】[理論編] 組織社会化とは?で紹介した組織社会化に似た概念ですが、取り扱う主な対象が異なります。組織社会化という概念が学校から職場への移行を行う個人を主な対象とするのに対し、組織再社会化は中途採用者や異動者などを主な対象とした社会化を指します。また、組織再社会化の中でも、同じ企業組織(大きな集団)の中で異動などにより異なる部署(小集団)に移る際に必要になる社会化のことを「組織“内”再社会化」として区別することもあります。(尾形, 2018b)。本レポートでは、主に中途採用者を対象とした組織再社会化について紹介します。

組織社会化と組織再社会化の違いについてまとめた図

 組織再社会化では、組織社会化にはない「以前の職場で習得した知識や行動などを必要に応じて捨て去る」というプロセスが含まれます。このプロセスが「アンラーニング」です。アンラーニングは、以前に勤めていた組織の慣習や仕事のやり方が存在する中途採用者などの新規参入者ならではの組織社会化課題です。

2.アンラーニングの定義と意義

 アンラーニングはここ数十年で学術的な注目が高まってきている概念です。元々は、組織が時代遅れとなった知識や古い慣習などを捨て去り、新たな時代に合ったビジネスを行うためにアンラーニングが必要となる、という組織を主語とした文脈で語られてきました(Newstrom and Starbucks, 1984; Akgün et al., 2005)。近年では、組織を構成する個人にも注目が集まり、個人がいかにアンラーニングを行うかといった、個人を主語としたアンラーニングの研究も増えてきています(Becker, 2010; Hislop et al., 2014; 松尾, 2018)。とはいえ、個人のアンラーニングは比較的新しい研究領域のため、定性・定量のデータを使用した実証的な研究はまだ少なく、新たな研究が待たれています。
 アンラーニングは、「新しい学習に対する手ごわい障壁となる既存の知識や習慣を減らしたり排除したりするプロセス」だとされています(Newstrom, 1983)。以前の職場では役に立った知識や仕事のしかたなどが新たな職場では通用しなかったという経験は、中途採用者であれば誰しもが経験するでしょう。中原(2021)が行った中途採用者へのヒアリングでも、「BtoC営業で強みになった自身の“元気の良さ”という性質が、BtoB営業では逆に顧客に良くない印象を与えてしまい、アポイントメントが取れない」といった苦悩が語られています。アンラーニングは、このように以前の職場で身に付けた、現在は通用しない行動などを意識的に放棄することを指します。
 しかし、成功体験に繋がっていたような知識や価値観、仕事のしかたなどを捨て去ることはときに非常に困難です。尾形(2017)の研究でも、「10年以上働いてきた前の職場で身に付いた知識は自分の財産だという意識があり、それらを捨て去るということを潜在的に拒否してしまっているかもしれない」というように、中途採用者の中にはアンラーニングに抵抗感を持つ人もいるということが報告されています。
 しかし、アンラーニングされた知識や行動は完全に放棄されるのではなく、再利用できることも指摘されています(Hislop et al., 2014)。つまり、中途採用者は、以前の職場での知識や仕事のしかたを一時的にアンラーニングすることが求められますが、新たな職場での知識を習得しながら、徐々に以前の知識を取り出して必要に応じて再利用することができるということです。このように、他の領域で得た知識を別の領域で活用することをスピルオーバー(spillover)と呼ぶことがあります。
 アンラーニングの理解を深めることは、アンラーニングへのネガティブな印象を払拭し、新たな知識の獲得を促進させることに繋がると考えられます。うまくアンラーニングができないと、なかなか新しい組織になじむ(適応する)ことができず、早期離職に繋がってしまう可能性もあります。中途採用者は新卒採用者とは違い、即戦力としてのパフォーマンスが期待されることが多いため、短期間でのオンボーディングが必要となります。中途採用者が早期に組織再社会化するためには、アンラーニングを促進させ、速やかに新たな知識を獲得できる状態にすることが重要です

3.組織再社会化のプロセス

 中途採用者の組織再社会化のプロセスは組織社会化がベースとなっていますが、アンラーニングが含まれる点が特徴的です。また、尾形(2017)の研究では、中途採用者が組織になじむまでのプロセスとして、人的ネットワークの構築に注目しています。新しい職場では、分からないことがあっても誰に聞けば良いか分からないということも多かったり、成果を出すためには他部署と協業することが必要になったりすることもあり、人的ネットワークの構築は組織再社会化における重要な課題の1つです。これらを踏まえ、組織再社会化は図のようなプロセスで行われると考えられます。

組織再社会化が行われるプロセスを表した図

 【第1部】[理論編] 組織社会化とは?で紹介した組織社会化において学ぶべき要素は、組織再社会化においてはアンラーニングの対象でもあります。Becker and Bish(2021)は、組織社会化において学ぶべき知識は、知識によってアンラーニングする難易度が異なるという指摘をしています。言語や歴史、目標、戦略などの言語化しやすい知識は、アンラーニングが比較的容易だとされています。しかし、対人関係や組織内政治、文化、価値観は、すでに組織にいる人が暗黙知的に認識している知識であり、中途採用者自身も無意識に身に付けていることが多く、アンラーニングするのに時間がかかります。
 また、すでに組織で働いている人にとっては当たり前だったり、暗黙知的に知っていたりする知識は、中途採用者などの新規参入者にとっては「分からないことが分からない」状態でもあります。新卒採用者であれば、それらの習得に時間をかけて学ぶことが許されており、丁寧に教えてくれる人事や先輩社員の存在があります。一方で、中途採用者ではそのような時間的猶予やサポートの仕組みがない場合も多く、自分自身で人的ネットワークを構築し、知識を習得することが求められます。

アンラーニングが必要な量を表した図

 尾形(2018b)では、人的ネットワークの構築ができているかどうかが、新しい職場で成果を出せているという自己評価(主観的業績)に影響を与えると報告しています。中途採用者は、誰が欲しい情報を持っているか(Know-whom)を知っているほど、新しい知識を得やすくなりますし、人的ネットワークの構築がうまくいっていれば、成果創出のために不可欠な他部署との協力も行いやすくなります。
 新しい環境で成果を出すためには人的ネットワークや周囲からの信頼獲得が重要ですが、同時に、それらを得るためには周囲に認めてもらうための時間とある程度の成果が必要でもあります。尾形は、このような因果のねじれを「中途ジレンマ」と呼んでいます。
 このように、中途採用者が組織再社会化を達成するためにはいくつかの手ごわい壁が存在します。【第3部】[理論編] なぜアンラーニングは難しいのか?【第3部】[理論編] アンラーニング・学びなおしの構造では、アンラーニングや人的ネットワークの構築を円滑にし、中途採用者が早期に組織再社会化するためにできる工夫について紹介していきます。

4.キーワードとまとめ

組織再社会化とは、主に中途採用者が以前の組織にて学習したものを必要に応じて捨て去り、新組織での目標達成に必要な知識・スキル・価値・行動を再学習し、新組織に適応していくプロセスを指します。

✓組織再社会化の中でも、同じ企業組織の中で異動などにより異なる部署に移る際に必要になる社会化のことを「組織“内”再社会化」 として区別することもあります。

アンラーニングとは、組織再社会化において新たに学習を行う際、以前に得た知識、価値観、または行動をあきらめたり、放棄したり、使用をやめることを指します。

✓組織再社会化では、主にアンラーニング、新たな職場での知識やルールの習得、人的ネットワークの構築というプロセスをたどります。

組織再社会化のプロセスを簡単に表した図