[理論編] アンラーニング・学びなおしの構造
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.25

[理論編] アンラーニング・学びなおしの構造

本レポートの目的

 【第3部】[総論編] 組織再社会化とアンラーニング【第3部】[理論編] なぜアンラーニングは難しいのか?までで、「アンラーニングとはなにか」「なぜアンラーニングが難しいのか」についてお話ししてきました。このレポートでは、実際どのようにアンラーニングを促せば良いかについて、個人や組織ができることを紹介した上で、アンラーニング・学びなおしの全体的な構造を整理します。

1.アンラーニングを促進するための工夫

 【第1部】[理論編] 組織社会化とは?にて、社会化には組織ができることと個人ができることがあり、組織側でできる工夫については「組織社会化戦術」、個人でできる工夫については「プロアクティブ行動」があるとお話ししました。アンラーニングについても、個人と組織のそれぞれでできる工夫があります。オンボーディング(組織社会化)の促し方の全体像については、【第4部】[総論編] オンボーディングで重要な個人の工夫、組織の工夫で詳しく紹介するため、ここではアンラーニングに注目して、組織再社会化全体のプロセスを円滑に進めるにはどうすれば良いかについて考えていきましょう。

1.1.個人にできる工夫

 臨床心理学やカウンセリングの領域に「個人成長主導性(Personal Growth Initiative: PGI)」という概念があります(Robitschek et al., 2012)。PGIは個人の変革や改善のためのスキルであり、「変化への準備力、計画性、資源の活用力、意図的な行動力」という4つの下位スキルによって構成されており、これらのスキルはアンラーニングにおいても重要であることが分かっています。松尾(2021)は、日本とアメリカで取得したアンケートデータの分析から、PGIが強い人ほどアンラーニングに至りやすい傾向があることを明らかにしました。理論編Ⅰでは学習志向や内省がアンラーニングに繋がることを説明しましたが、PGIは「自分の変えるべき考え方や行動を知り、変えるための計画を立てる」「積極的に周囲の支援を得る」といったより具体的な行動を含んでいる点が特徴的です。

個人の変革や改善のためのスキルの一覧

 自分の中の変えるべき考え方や行動に気付いたり、実際に変化させたりするための機会の1つに、越境学習があります。越境学習は「個人が組織の境界を飛び越えて行う学習」を指します。組織社会化の弊害として、社会化が強まりすぎると組織に過剰に適応してしまい、創造的な仕事をしようとする意欲をなくしたり、成長を停滞させたりすることがあります(中原, 2021)。越境学習は社外の様々なバックグラウンドを持つ人々と交流したり、情報交換を行うことで、そのような停滞を打開する可能性があると期待されています。

 個人にできる工夫においては、主体的、積極的に自身の仕事における信念やルーティーンを見直し、変化させる機会をつくることが重要です。【第4部】[総論編] オンボーディングで重要な個人の工夫、組織の工夫で紹介するプロアクティブ行動は、アンラーニングを行う上でも有用な考え方なので、そちらも参考にしてみてください。

1.2.組織や周囲にできる工夫

 これまでも述べている通り、中途採用者は即戦力であると考えられがちなため、研修や日々の周囲からの支援が不足する傾向にあります。もちろん中途採用者自身が工夫することも重要ですが、それだけに頼るのではなく、組織や周囲にできるサポートも実施しながらアンラーニングを推進していきましょう。

 一番初めにできる工夫は、採用時の見極めです。これまでの経験や信念を見直し、それらをアンラーニングしやすい人は、「素直さ」や「柔軟性」などのパーソナリティを持つと考えられます(尾形, 2018)。また、人的ネットワークを広げようとする行動(ネットワーキング行動)やプロアクティブ行動(※【第4部】[理論編] 個人の工夫-プロアクティブ行動を参照)を積極的に行う主体性やコミュニケーションスキルがあるかどうかもポイントです。採用は、候補者の見極めに限らず、彼らが入社後スムーズに適応するための価値観や期待値をすり合わせる機会(予期的社会化※【第1部】[理論編] 組織社会化とは?を参照)としても重要だと考えられます。

 入社後の研修設計において注意すべきは、新卒採用者への教育との違いです。中途採用者への研修では、アンラーニングという「脱色教育」が必要です(尾形, 2021)。業務の遂行に必要な知識を教える「染色教育」の重要性は広まりつつありますが、「脱色教育」については十分に検討、実施できている組織はまだ少ないでしょう。実際、個人の学習に関する学術的な議論においても、知識の獲得が注目される一方で、アンラーニングについては近年に至るまであまり議論されていませんでした(Becker, 2010; Hislop et al., 2014; 松尾, 2018)。脱色教育と染色教育では目的が異なっているため、それぞれ別のアプローチが必要になると考えられます。松尾(2021)はアンラーニングを促す具体的な方法として、仕事の進め方とその根底にある信念について2段階の内省を行うワークショップの開催を提案しています。

脱色教育と染色教育の違いを表す図

 総論編でも触れたように、アンラーニングを促進させる上では人的ネットワークの構築も重要です。中途採用者のネットワークは、社外や同僚の中途採用者同士に偏りやすく、社内の役職者や他部署に少ないという課題があります(尾形, 2017)。
 中途採用者の人的ネットワークの構築を支援する施策として、「コネクター(社会化エージェント)の配置」「仕事の割り当て」「場の設定」の3つが挙げられます。社内にネットワークの少ない中途採用者は、特に他部署との仲介をしてくれるコネクターが必要です。中途採用者の受け入れ部署の自主性に頼るだけでなく、組織の取り組みとしてメンターや相談役を配置したり、受け入れ部署の上司などに対して事前に教育研修を行うといったことを検討しても良いでしょう。また、転職初期の仕事として、他部署と積極的に関わるような業務やプロジェクトの割り当てを行ったり、周囲と気軽にコミュニケーションを取れる朝会などの「場」を設定したりすることも有効です。尾形はこれらの取り組みを行う上で、中途採用者の直属の上司の役割が重要だと指摘しています。

 人的ネットワークの構築だけでなく、直接的にアンラーニングを促す上でも上司の存在は重要です。松尾(2020)の研究では、上司の行動が部下に与える影響を検証する中で、上司の探索的な行動が部下の学習志向(「自分の能力を高め、学ぶこと」を追求する志向※理論編Ⅰ参照)を刺激し、内省やアンラーニングを促しているということが分かりました。組織学習の分野において、既存の枠組みの中で業務を改善する活動は「活用(exploitation)」、実験的なやり方を用いて新たな枠組みを見つけようとする活動は「探索(exploration)」と呼ばれます(March, 1991)。上司が業務に新しいやり方を取り入れたり、既存の枠組みを再考するといった探索的な行動をすると、部下もそれを模倣し、「学びたい、成長したい」という学習志向が呼び起こされ、内省やアンラーニングに繋がります

2.アンラーニング・学びなおしの構造

 これまでの話を踏まえ、アンラーニング・学びなおしの構造を整理しましょう。総論編でお見せしたように、組織再社会化は、「アンラーニング・知識の獲得・人的ネットワークの構築」が重要なプロセスでした。ここではそれに加えて、ここまでのレポート内容も踏まえた全体像を眺め、アンラーニングを中心とした組織再社会化のプロセスとポイントを確認しましょう。

アンラーニング・学びなおしの構造をまとめた図

 中途採用者の組織再社会化においては、アンラーニングが重要なプロセスだと説明しました。アンラーニングは、見直すべき知識の種類や新たに身に付ける技術やスキルの難易度、あるいは周囲のサポートがあるかによって、難しさが変わってきます。また、中途採用者自身が前職や業界に対してどのくらい思い入れがあるか、どのようなパーソナリティを持っているかによっても異なります。アンラーニングをうまく進めるには、採用時の個人のパーソナリティの見極めや、体系的な研修設計などによる組織のサポートが重要です。それと同時に、個人でも、自身の経験や常識を見直す機会を主体的に作る姿勢や行動が求められます。

3.アンラーニングが個人と組織に与える効果

 最後に、アンラーニングがうまくいくことによって、個人や組織にどのような効果をもたらすかについて調査した研究結果を紹介します。

松尾(2019)の研究
 松尾は、アメリカの様々な業種で働く従業員301名を対象に、自分の業務や信念に対する内省やアンラーニングが仕事のやりがいに与える効果について調査を実施しました。仕事のやりがいはワーク・エンゲージメント(work engagement)と呼ばれ、「活力に満ち、熱意があり、仕事に没頭している状態」を指します(Demerouti et al., 2015)。ワーク・エンゲージメントが高い従業員は、職務満足度が高く、組織への愛着が高まり、革新的な働き方や業績向上が促進されることが、従来の研究によって示されています(Agarwal, 2014; Dalal et al., 2012; Lu et al., 2014; Saks, 2006)。

松尾(2019)の研究についてまとめた図

 分析の結果、自分の信念やルーティーンを見直す深い内省(批判的内省※【第3部】[理論編] なぜアンラーニングは難しいのか?を参照)やアンラーニングが、ワーク・エンゲージメントにプラスの効果を与えていることが分かりました。特に注目すべきは、自分の当たり前を問う深い内省をすること自体が、ワーク・エンゲージメントを直接高めている点です。参加者は「試行錯誤しながら、変えるという行為自体にやりがいを感じている」ということが伺えます。一旦確立した仕事のやり方や信念を変えることには心理的負荷が伴う(Conway and Monks, 2011)と言われていますが、新しい働き方を模索する行動は、結果的には仕事のやりがいを高め、パフォーマンスを向上させることに繋がっています。

 第3部では、組織再社会化とその重要なプロセスであるアンラーニングについて紹介しました。これまでのレポートでは、主に中途採用者のアンラーニングについて述べてきましたが、アンラーニングは、必ずしも中途採用者のみに必要なものではありません。アンラーニングは「より成長したい」「新しい環境や人とうまく付き合いたい」といった様々な状況で有用な概念でもあります。中途採用者は、転職後の組織における不安感や危機感に直面することで、それまでの知識や行動をアンラーニングしなければならないことに気付きますが、このような転職や異動などの状況の変化のほかにも、他者の行動に影響を受けたり、越境学習などに挑戦したりすることによってもアンラーニングの機会は得られるでしょう。これまでのレポートをきっかけに、今後の社会で重要性が高まるであろうアンラーニングについてぜひ着目してみてください。

4.キーワード

個人成長主導性(Personal Growth Initiative: PGI)は、個人の変革や改善のためのスキルであり、「変化への準備力、計画性、資源の活用力、意図的な行動力」という4つの下位スキルによって構成されています。

越境学習は「個人が組織の境界を飛び越えて行う学習」を指し、個人の成長の停滞を打開する可能性があるとして近年注目が高まっています。

✓中途採用者への教育は、知識の獲得を目指す「染色教育」だけでなく、アンラーニングを促すための「脱色教育」も合わせて検討することが重要です。

✓アンラーニングを促す人的ネットワーク構築を助ける上で、「コネクター」「仕事の割り当て」「場の設定」が有効であると考えられます。

✓アンラーニングを行うことで、従業員のワーク・エンゲージメントが高まり、革新的な働き方や業績向上に繋がる効果も期待されます。