[理論編] なぜアンラーニングは難しいのか?
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.25

[理論編] なぜアンラーニングは難しいのか?

本レポートの目的

 このレポートでは、中途採用者の組織再社会化を妨げる要因の1つとして、総論編にて紹介したアンラーニングを深掘りしていきます。特に、アンラーニングがなぜ難しいかについて紹介します。

1.アンラーニングの失敗が引き起こすリスク

 総論編では、中途採用者が速やかにパフォーマンスを発揮するためには、早期の組織再社会化が必要であると説明しました。その中でもアンラーニングは、中途採用者が再社会化する上で重要なプロセスです。というのも、新卒採用者とは違い、前職での様々な経験を通して身に付けた自分の型を持っていることが中途採用者の特色であり、新たな職場のやり方やルールに適応していく過程で、その型を見つめ直す必要があるためです。しかし、アンラーニングの重要性はまだあまり一般に浸透しておらず、中途採用者を受け入れる側の組織においても十分に支援できているとは言えません。
 中途採用者のアンラーニングがうまくいかないと、なかなか組織再社会化ができず、パフォーマンスを発揮しづらくなります。これは中途採用者本人だけでなく、周囲や組織にも影響を与えかねません。特に忙しい職場では常に人手が欲しい状態ですが、入ってきた中途採用者を即戦力とみなし十分なサポートをせずに放置してしまうと、中途採用者はアンラーニングや成果創出において重要な人的ネットワークを構築することができません。そうなると、なかなか成果を出すことができず、周囲の人々から不満が出たり人間関係に軋轢が生じたりする可能性があります。その結果、さらに仕事がやりにくくなり、モチベーションの低下や早期退職を招くという、悪循環に陥ることも考えられます。

アンラーニングの失敗が引き起こすリスクのイメージ図

2.アンラーニングを難しくする要素

 アンラーニングを促し、中途採用者を早期に組織再社会化させるには、【第1部】[理論編] 組織社会化とは?で述べた通り、本人の努力と体系化した周囲の努力・制度の両方が必要です。個人や組織でできる施策を検討するための土台として、まずはアンラーニングが難しい理由やアンラーニングをより難しくさせてしまう要素について紹介します。

2.1.知識の種類と暗黙知

 総論編でも触れたように、アンラーニングの対象となる知識には手放しやすい知識と手放しづらい知識があります(Becker and Bish, 2021)。社内用語や戦略、会社の歴史のような形にしやすい知識よりも、仕事のしかたや人間関係、社内政治、文化などの「暗黙知」のほうがアンラーニングしづらいとされています。暗黙知とは、言語や文章で表すことが難しい主観的な知識を指します(野中, 2007)。
 Hislop et al.(2014)は、アンラーニングを3つに類型化しており、そのような手放しにくい知識のアンラーニングをディープ・アンラーニング(Deep unlearning)と呼んでいます。ディープ・アンラーニングが難しい理由は2つあります。1つに、言語化することが難しい知識は、それを知らない人に伝達しづらいためです。もう1つに、それらの知識は、中途採用者を受け入れる側の人々の間では常識になっていることが多いためです。そのため、社内政治や文化などの面で中途採用者が戸惑ってしまっていても、まさかそんな当たり前のことで戸惑っているとは思わず、周囲の人々もなかなかすぐに手助けすることができないのです。
 この問題は、「社会的アイデンティティ理論(Social Identity Theory)」に関する研究の中でも議論されています。社会的アイデンティティは、人が持つ「所属する社会的集団(企業など)のメンバーである」という意識のことを指し、人が自分を定義する上で、また「集団の一員らしくふるまう」上で非常に重要な役割を持っています。Packer(2007)の研究では、社会的アイデンティティが強すぎると、その集団での習慣を当たり前のこととして受容しすぎて、弊害が生まれるということが指摘されています。例えば、中途採用者が前職にいた期間が長かったり、前職や自分の経験を誇りに思っていたりするほど、「私は前職の○○社(または○○業)の人間だ」という社会的アイデンティティが強いと考えられ、前職で得た知識をアンラーニングしづらい可能性があります。これは受け入れ側の人々においても同様で、自分たちの組織に愛着があるほど、様々な習慣や知識を常識として捉えやすくなってしまうと考えられます。

2.2.個人のパーソナリティ

 これまで身に付けてきた経験や知識を放棄することについて、心理的抵抗感を持つ人は少なくありません(尾形, 2017)。前職で良い成果を出していた中途採用者ほど、過去の成功体験に固執し、自分の得意なことややり方に逃げてしまうという「コンピテンシー・トラップ(有能さの罠)」に陥るリスクがあります。コンピテンシー・トラップは元々組織を主語として登場した概念であり、過去の習慣や価値観、スキルなどが継続的に将来の成功とより良い判断に繋がるという誤った信念を持つことです(Levitt and March, 1988)。自分の得意な型がある人ほどこの罠に陥りやすく、アンラーニングへの抵抗感を覚えやすくなると考えられます。
 このような障壁を乗り越えてアンラーニングを行うためには、自分の型や前提を根本的に問い直すような「批判的内省」が必要です(Mezirow, 1990)。松尾(2018)は、異なる職種の271名から取得した定量データを用いて、個人のパーソナリティと批判的内省の傾向との関係について研究しています。働く上での目標を「自分の能力を高め、学ぶこと」とする学習志向と「他者から承認されたり、高い評判を得ること」とする業績志向では、どちらが批判的内省を行いやすいと考えられるでしょうか。分析の結果、学習志向が強いほど、仕事の進め方などの表面的なことだけでなく、自分の信念や仕事上の前提を見直すような深い内省をするということが分かりました。業績志向の人は挑戦的な課題に直面した際に失敗を恐れて回避する傾向があり、アンラーニングにおいて重要な批判的内省の機会を逃している可能性があります(Payne et al., 2007; Dragoni et al., 2009)。
 個人のパーソナリティに関する類似した研究結果として、素直さや柔軟性があるほど信念やルーティンを変えやすいとも言われています(尾形, 2018)。組織再社会化を促進する個人のパーソナリティとしては、コミュニケーション能力や積極性、謙虚さ、転職への慣れなども挙げられます(尾形, 2017)。また、セプテーニ・グループの過去の分析でも、特定のパーソナリティが転職初期のパフォーマンスと関係するという結果が明らかになっています。
 このように、個人のパーソナリティによってアンラーニングや組織再社会化のしやすさには違いがあるため、効果的な支援のアプローチやコミュニケーションも異なると考えられます。例えば、自分の仕事の型を崩しにくい業績志向の人に対しても、定期的な業務の振り返りや成長意欲を刺激するフィードバックの機会を提供することで、批判的内省を促すことができるでしょう。個々の性質を理解した上で、適切な形でアンラーニングや組織再社会化のサポートを行うことが重要だと言えます。

2.3.技術やスキル習得の難しさ

 中途採用者がアンラーニングに対して積極的な場合でも、別の問題に直面する可能性があります。これまでのやり方を放棄して別のやり方に切り替える際、新たなやり方の習得が困難な場合です。松尾(2021)の研究で行われたインタビューでは、「以前は、ある事象に対して『直感的に対応策を考え、(速やかに)実行すること』を重視していたが、今はより論理的に仕事を進めることが求められている。ロジックツリーなどを用いて説明することで以前より相手の理解は得やすくなったものの、直感に頼らずに考え、効果的に相手に伝える方法を習得することが難しい」という事例が紹介されています。新しい組織で必要となる仕事のやり方や知識が中途採用者本人にとって難しいほど、以前のやり方をアンラーニングするのにも時間がかかります
 このような技術的な問題がある場合には、中途採用者が新たな知識やスキルを獲得するための支援が効果的だと考えられます。例えば、社内研修やリカレント教育、リスキリングといった学びの機会を提供することで、この技術的なギャップに対応できます。

2.4.周囲のサポート・理解不足

 周囲の人々との関係構築の面でも問題はあります。中途採用者は即戦力と考えられているため、周囲の同僚も初めは「お手並み拝見」といった姿勢であることも多く、新卒採用者と比べると周囲の助けを借りるのは容易ではありません。中途採用者の組織社会化について調査した研究の多くで、中途採用者がなかなか周囲の支援を受けられないことを指摘しています(中原, 2021; 尾形, 2017; 松尾, 2021)。尾形(2018)の研究では、周囲の人々から有益な情報を得られるといった「人的ネットワークの活用力」が、中途のハイパフォーマーとローパフォーマーの間で有意に異なることが示されています。
 中途採用者の中でも、同じ職種に転職した人のほうがスムーズに新しい組織に適応し、パフォーマンスできるのではないかという誤解が、アンラーニングを妨げてしまうこともあります。中原(2021)の研究では、前職でも営業職であり、転職先でも営業職に就いている中途採用者のほうがアンラーニングについて課題を抱えているとしています。前職で培われた様々な知識や技術、仕事のしかたなどがかえってアンラーニングを妨げていると考えられます。このように、たとえ同じ業界や職種を選んで転職した人であっても新しい組織に適応するのは容易ではないため、サポートや周囲の理解は必要不可欠です。

アンラーニングが阻害される原因に関する図

 これまで述べたように、アンラーニングには様々な困難があります。まずはこれらを理解することが、中途採用者自身あるいは中途採用者を受け入れる組織において、どのようにアンラーニングの促進に取り組むかを検討する土台になります。アンラーニングを促進させ、組織社会化を促すためには、個人だけではなく組織の体系的なサポートも重要です。理論編Ⅱでは、アンラーニングを促進させる方法について詳しく紹介します。

3.キーワードとまとめ

✓組織の中の人間関係や社内政治、文化・価値観といった言語化することの難しい主観的な知識を暗黙知と言い、そのような手放すことの難しい知識をアンラーニングすることをHislop et al.(2014)はディープ・アンラーニングと呼んでいます。

社会的アイデンティティが強いほど、その集団での習慣を常識として捉えてしまう傾向があり、アンラーニングが難しくなります。

✓過去の成功体験に固執し、自分の得意なことややり方に逃げてしまうという「コンピテンシー・トラップ(有能さの罠)」に陥ると、アンラーニングに対する抵抗感が強くなるので注意が必要です。

✓中途採用者が技術的な問題を抱えている場合には、社内研修やリカレント教育、リスキリングなどの支援が効果的です。

✓中途採用者は即戦力として考えられがちですが、円滑な組織再社会化のためには周囲のサポートが必要不可欠です。それは、同じ業界や職種に転職した中途採用者でも同様です。