[理論編] 組織社会化とは?
  • 更新:2023.03.29
  • 投稿:2022.11.25

[理論編] 組織社会化とは?

本レポートの目的

 このレポートではオンボーディングについて理解するために重要な「組織社会化」という現象について学術的な理論を端的に紹介するとともに、オンボーディングを円滑に進めるために注意すべき主な要素をまとめます。

1.組織社会化とは?

1.1.組織社会化の定義と意義

 【第1部】[総論編] オンボーディングの重要性の議論の通り、日本企業でもオンボーディングの重要性が増しています。このオンボーディングを分析し、理解するうえで欠かせない学術的な理論が「組織社会化」です。これは20世紀半ば頃には研究が盛んになった、研究の蓄積も多い理論です。

 そもそも「社会化」とは、人がある社会に加わり、そこに固有のルールや習慣、価値観などを身に付けて「メンバーらしさ」を身に付ける過程のことを指す言葉です。そして「組織社会化」とは、その中でも特に特定の「組織」の一員となるために、その組織のルールや習慣、知識などを理解し、身に付け、十分に役割を遂行できるようになることを指します(尾形, 2017; Van Maanen & Schein, 1979)。
 言い換えれば、組織に新たに参加する者(新規参入者)が組織になじむ(適応する)プロセスのことを指すために、「組織適応」と言い換える研究もあります(尾形, 2022)。

 この組織社会化のプロセスで成功し、適切に組織になじむことで、新規参入者は十分なパフォーマンスを発揮したり、高いエンゲージメントを抱いたりすることができます。複数の研究のメタ分析を行ったBauer et al. (2007)の研究では、新規参入者の組織適応を表す指標は、組織に対するエンゲージメント(組織コミットメント)のほか、仕事上のパフォーマンスや、離職傾向を改善する効果がみられたと報告されています。セプテーニ・グループの過去の研究レポートでも、初期に組織に適応できていた人材の方が長期的にみても活躍しやすいという分析結果があり、的確なオンボーディングを通じて組織に早期に適応できることは、その人材の長期にわたる成功を左右するものと考えられます

1.2.組織社会化の困難さと広範さ

 しかし、組織社会化があえて研究対象となるのは、それが人にとって重要なものであるとともに、困難でもあるからです。新規参入者にとって、組織で起きる一つ一つの仕事の手続きや習慣、ルールは、初体験のものばかりです。従って、新規参入者は未知の、いわば「何が分からないかが分からない」状態から、手探りで学習を進める必要があります。
 一方で、既に組織生活が長い人からすると、日々の出来事や習慣は「当たり前」になっており、改めて誰かに説明することが難しくもあります。そのために、「何もかもが分からない」という新規参入者と、「なぜ自分にとって当たり前のことができないのか」と感じる古参のメンバーとの間で対立も生じやすく、ときにこれが新規参入者の不適応にも繋がります。

 また、この「組織社会化」の問題は、新卒採用のときだけ生じるものではありません。組織社会化の本質は「新しい組織で、新しいルールを身に付けることが難しい」点にあります。そのため、新卒採用以外にも、中途採用(新しい会社に入る)、異動(新しい職場に入る)、海外赴任(新しい国・文化圏に入る)など、幅広い場面で問題になります。だからこそ、あらゆるオンボーディングを支援するうえで、最初に理解しておく必要がある概念と言えます。

2.組織社会化の構成要素

 ここからは、組織社会化についてもう少し詳しく整理します。まず、組織社会化の具体的な構成要素、つまり「新規参入者は何を学ぶ必要があるのか?」を整理します。
 組織社会化の構成要素を次のように分類した研究があります(Chao et al., 1994; 益田, 1997)。

1.歴史 …組織の過去の歴史や、重要な習慣、イベントなどの理解。
2.組織内政治 …影響力のある人物や、意思決定プロセスなどの理解。
3.対人関係 …人間関係になじみ、仲間意識を得ること。
4.専門用語や言葉遣い …俗語なども含む、組織で使われる言葉の理解。
5.目標と価値観 …組織が持つ目標や価値観を、自分も大事に思うようになること。
6.スキルや業務知識、パフォーマンス …仕事上のスキルの獲得。

 既に組織で働いている人からすれば、どれも日々の仕事を円滑に行ううえで当たり前のものになっているはずです。しかし、新規参入者の立場からすれば、これら6つの要素をゼロから学ぶ必要があることが、オンボーディングの難しさに繋がります。オンボーディングを円滑に果たすためには、こうした要素ごとに、「この組織の当たり前」を参照しやすい形で新規参入者に伝える必要があります。

3.組織社会化のプロセス

 では、新規参入者にとって組織社会化はどのように進むのでしょうか。いくつかの研究がありますが、ここでは「時間軸」で整理する考え方と、「自分と組織の価値観のマッチ」で整理する考え方を紹介します。

3.1.時間軸による整理:「加入前」と「組織参入後」

 まず、先行研究では、組織社会化は次の2つの段階で進むとされます(尾形, 2021; 益田,1997)。 「組織参入後」のことは、イメージがつきやすいものと思います。新規参入者が新しい組織に参加してから、仕事を行い、他の社員と関わる中で、少しずつ社会化を進めていくことを指しています。入社後に行われる様々な研修や、OJTを通じて、人は「その組織のメンバーらしさ」を少しずつ身に付けていきます。
 一方で、社会化は「組織に加入する前」(pre-entry)にも進んでいます。例えば、学生がある企業から内定を得た後に、今後の社会人生活について様々な予想をして、少しずつ会社になじむ準備をすることなどが含まれます。このほかにも、最近は採用面接もこうした社会化の役割を果たす可能性が指摘されています。具体的には、採用面接には「会社が学生を選抜する」だけでなく、学生と社員が顔を合わせることで、双方が期待やフィーリングのマッチング度合いを高め、志望意欲を高める役割があると言われています(服部, 2016)。こうした組織に正式に参加する前に行われる組織社会化のことは「予期的社会化」とも呼ばれます。

組織加入前と後に関する表

3.2.組織社会化における「価値観のマッチング」

 このほかにも、組織社会化(または組織適応)について異なる観点から論じた研究もあります。ここでは特に「自分と組織の価値観のマッチング」と組織適応の関係を論じた研究を紹介します(Berry, 2008; Shore et al., 2011)。これは主に「異文化適応」や、「インクルージョン」(多様な人が組織の一員として認められること)の研究で提唱される内容です。
 次の図を見てください。一般的に「組織になじむ」というと、この図の右下のように「自分の価値観を捨てて、組織に染まる」状態をイメージしがちです。しかし、実はこの状態は人にとって望ましくないと言われています。自分の個性が尊重されていないと感じ、自分を見失ってしまうために、メンタルヘルスの悪化などの「不適応」に繋がるリスクが上がってしまうと考えられているためです(Schwartz et al., 2010; Shore et al., 2011)。
 そして望ましい状態は、図の右上のように「自分の価値観も大事にしながら、組織の価値観も尊重する」状態であるとされます。「組織に染まる」のではなく、自分が大事にしているものと、組織が大事にしているもののバランスを取りながら組織生活を送ることが、本人の組織エンゲージメントや活躍に繋がります。

自分と組織の価値観のマッチングについての図

 まだ、特に心理学にはこうした「自分と組織がうまくフィットしていること」を扱う理論として、「Person-Environment Fit(P-E fit)」という研究があります。これまでの議論と同様に、個人の特徴と環境の特徴が、どのような観点でフィットしていることが望ましいかを明らかにする研究です。
 この研究で明らかになっていることとして、まず、個人と環境の特徴が互いに一致する、または補完しあうなどの場合に、組織社会化の促進やエンゲージメントの向上に繋がると考えられています(van Vianen, 2018)。
 そして、ここで広く「環境」と呼んでいるものの中には、様々な対象の特徴が含まれることも分かっています。具体的には、①職業(vocation)、②仕事内容(job)、③組織(organization)、④職場やチーム(team)、⑤上司(supervisor)などの特徴と個人の特徴や要求の相性を考えることが有用と言われています。

4.組織社会化を促すもの

組織社会化を促すために必要な工夫についての例

 最後に、組織社会化を促すために必要な工夫について、ごく簡単に触れます。詳細は【第4部】[総論編] オンボーディングで重要な個人の工夫、組織の工夫以降で整理するため、そちらをご覧ください。
 まず、組織社会化を促す要素は、おおまかに「組織側にできる工夫」「新規参入者本人の工夫」の両方があるとされます。組織側にできる工夫のことは、専門的には「組織社会化戦術(socialization tactics)」と呼ばれます。

 組織社会化戦術の中には、多様な内容が含まれます(Griffin et al., 2000)。例えば、新規採用者向けの導入研修や、キャリアパスの提示、フィードバック機会の提供(e.g., 先輩社員や同期社員からの評価)、公式・非公式のメンターを設けるなどが考えられます。

 ただし、組織社会化は組織が一方的に工夫するだけのものではありません。むしろ、新規参入者の側にも、組織なじむための工夫が必要と言われます。こうした行動の一種が「プロアクティブ行動(proactive behavior)」です。
 プロアクティブ行動とは、組織や自分に変化を起こすために、人が主体的に起こす様々な行動のことを指します(Parker & Collins, 2010)。このように幅広い定義のために、プロアクティブ行動には様々な下位分類が存在します。その中でも、先行研究では「人が組織になじむために自分から起こす行動」をプロアクティブ行動に含めています(proactive P-E fit behavior; Parker & Collins, 2010)。この行動は前掲のP-E fitの研究とも深くかかわっており、新規参入者自らが「自分の価値観と組織の価値観をすり合わせる」ために行う工夫といっても良いでしょう。

 尾形(2021)の研究では、こうしたプロアクティブ行動を積極的に取る若手社員ほど、組織社会化も進みやすいことが示されています。具体的に行動の要素を挙げると、(1)革新的な行動を取ったり新しいやり方を積極的に工夫したりすること、(2)上司や同僚に自分に対するフィードバックをたずねること、(3)社内の人脈を積極的に構築・活用して仕事を進めること、といった行動に積極的な人ほど、効率的に組織になじむことができるようです。
 もちろん、「プロアクティブ行動を取りやすい環境を作る」という意味で、間接的には組織の取り組みが重要になります。しかし、新規参入者の側にとっても、ただ組織の支援を待つばかりでなく、こうした主体性や自律性が必要になると言えます。

5.キーワードとまとめ

組織社会化とは、新規参入者が組織に加わるうえで「組織のメンバーらしさ」を身に付けていくプロセスを指します。

組織社会化で新規参入者が身に付けるものには、知識・スキルだけでなく、対人関係になじむことや、意思決定プロセスやキーマンの理解、組織における俗語の理解なども含まれます。

✓組織社会化は、必ずしも入社後に始まるものではありません。入社前の面接の段階や、「将来の会社生活への期待」を抱く段階から始まります(予期的社会化)。

✓組織社会化にあたっては、「組織に染まる」だけでは不十分という研究もあります。新規参入者自身の価値観と、組織の価値観のバランスを取ることや、両者のフィットを目指すことが(P-E fit)、本人の活躍やエンゲージメントに繋がります。

✓組織社会化を促すには、①組織にできること(社会化戦術)と、②個人にできること(プロアクティブ行動)の両方があり、双方が努力を重ねることが重要です。