[総論編] オンボーディングの重要性
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.24

[総論編] オンボーディングの重要性

「オンボーディング」とは?

 昨今、労働市場や雇用の流動化に伴い、組織に新たに加わったメンバーに「円滑に・すぐに組織になじんでもらう」ことの重要性が増しています。この「組織になじむ」ための工夫や、組織になじむプロセスのことを指して「オンボーディング」(on-boarding)と呼びます。元々は船や飛行機に搭乗することを指す「on-board」という言葉から派生した言葉で、新たに登場した人を円滑に船や飛行機に受け入れることに由来すると言われています(尾形, 2022)。

 この言葉は学術的にも使用されることがある言葉ですが、最近は企業の人材育成の領域でも、度々登場するようになりました。例えば、新卒採用者の受け入れや、管理職への昇進のように「何かの役割が変わる」「組織に新しいメンバーや役割の人を受け入れる」ときなどです。この際、組織になじむための意図的な工夫をメンバーと受け入れ組織の双方がすること、つまり「オンボーディングの工夫をすること」により、個人や職場のパフォーマンスが早期に発揮されやすくなります

オンボーディングを説明した図

高まる「オンボーディング」の重要性

 従来の日本企業では、オンボーディングは必ずしも重視されず、特別な工夫が必要なものだとはあまり思われてこなかったのかもしれません。労働市場の流動性が低く、「就社」の意識が強い中では、たしかに新入社員は長い時間をかけて組織に適応し、活躍すれば良いという考え方も成り立ちます。しかし近年は主に次の3つの点で労働市場や組織の様相が変化しつつあり、オンボーディングの重要性が増していると考えられます。

 第一に、人口動態の変化と、それに伴う労働市場の流動化が挙げられます。近年の日本では少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少、特に若い働き手の数の減少が顕著です。すべての企業が潤沢に人材を確保できるわけではなくなる以上、限られた人材を最大限生かし、能力を発揮してもらうための工夫が必要になります。そうした工夫の中には、組織に早期に適応できるようにする工夫の他にも、個々の能力に合った環境を提供する適切なマッチングの実現や、少しでも早く成長を促すような育成の工夫も重要です。
 この点については、労働市場の流動化の観点からも重要性が指摘できます。昨今、新卒入社社員の早期離職率が高止まりしている他、中途採用の求人数と転職希望者数がどちらも上昇するなど、人材の流動化が進んでいます。この背景には、上記の人口動態の変化の他、流動化を促すような政府の後押し、あるいは転職ビジネスの拡大などもあるものと考えられます。それゆえに、企業の立場に立てば、どのようにして人材に自組織に定着してもらうか、また魅力ある会社だと働き手に思ってもらうか、という点が非常に重要になります。

 第二に、ダイバーシティ推進や属性・価値観の多様化もオンボーディングが重要になる背景と言えます。数年来進められている女性活躍推進の動きの他に、昨今は育児・介護をしながら働く人も増加しています。また、若年層(Z世代)の価値観の変化なども指摘されており、属性だけではなく価値観の多様化とも向き合いながら、組織としての一体感を保ち、また新規参入者の早期の適応を意図的に工夫していくことが重要になります。このように「互いに分かり合うことが難しい」中での組織づくりが必要になるからこそ、どのようにして多様な人材を活かすか、また定着を図るのかという意識的な工夫が必要不可欠とも言えます。

 第三に、人的資本経営への注目の高まりも重要です。経済産業省によれば人的資本経営とは、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」であると定義されます。人的資本の情報開示の義務化に向けた国際的な動きもあり、企業には責任をもった人材活用が求められます。特にISO30414のうち「採用・異動・離職」「組織文化」「ダイバーシティ」「労働力」といった項目の改善は、オンボーディングの工夫を通じて、人的資本をいかに効率的に組織に取り組めるかが鍵になると考えられます。

「オンボーディング」をめぐる研究の展開

 以上のような理由から、オンボーディングは現代の組織において非常に重要な工夫であり、また悩みの種にもなりうると言えます。しかしこの問題には、学術的にいくつかの解決の手がかりが既に提案されています。具体的には、オンボーディング、あるいは組織適応と呼ばれる領域には、経営学や心理学を中心に、様々な理論やエビデンス、研究の蓄積があります。
 そこで、代表的な3つのキーワードをもとに、研究から分かっていることの全体像を、当社なりに整理しました。なお、組織においてオンボーディングが必要になる場面ごとに、特に重要なキーワード(研究)も異なります。次の表はあくまでもおおまかなものですが、組織における場面ごとに、関連する知識に印をつけています。また、それぞれのキーワードの詳細は別稿で解説するため、本稿では概要について整理します。

オンボーディングの全体像を表す表

キーワード1「組織社会化」※1

 どのようなオンボーディングの場面でも必ず重要な知識が、「組織社会化」です。組織社会化とは平易に言えば、それまでは組織で必要な知識やスキル、習慣を理解していなかった「部外者」が、次第にそれらを理解し、組織のメンバーらしくなる(社会化される)ことを指すキーワードです。このように「新しい集団になじむ」ことは、人の心理的に、また集団のダイナミクス上、想像される以上に難しく、様々なハードルがあります。その主なものを理解し、「人はどのように集団のメンバーらしく変化していくのか」知ることで、どのような場面でも、円滑なオンボーディングを促すことができます。

※1 複数の先行研究をもとに作成(中原, 2012; Van Maanen & Schein, 1979)。

キーワード2「リアリティショック」※2

 これは特に新卒採用の場面で注目されがちなキーワードです。リアリティ(reality)に関するショック(shock)という言葉の通り、このキーワードは新人が集団に属する際、様々な理想と現実のギャップに衝撃を受けることを表しています。こうしたショックは必ずしも悪いものばかりではなく、現実と理想の違いを知ることが、その後の自らの成長につながるなどの良い面もあります。こうしたリアリティショックの良い面と悪い面を知り、どのようにそれと個人が向き合うか、また組織がそれに対していかなる支援ができるかを知ることが、オンボーディングの改善の糸口になります。

※2 複数の先行研究をもとに作成、ただしリアリティショックという名称が必ずしも使われない研究もあります(Boswell, Shipp, Payne, & Culbertson, 2009; 尾形, 2020)。

キーワード3「アンラーニング」※3

 組織でオンボーディングが求められるのは、新卒採用の場面だけではありません。中途採用や、人事異動・赴任の場面の他、多様な人材を採用するD&I推進においても、重要な取り組みです。こうした中で特に中途採用のような、「過去に多くの経験や知識がある人」を採用する際に重要なのが「アンラーニング」(unlearning)というキーワードです。中途採用者は、多くの場合、過去に属していた企業における経験や知識、習慣を蓄積しており、それがその人材の「当たり前」になっています。しかし、ときにこうした「他社の当たり前」が、新しい組織への順応を阻害することがあります。例えば、公的な組織では一つの間違いも許されないような慎重さが求められるかもしれませんが、ベンチャー企業では間違いを犯すことよりもチャレンジをしないことの方が問題になるでしょう。こうした考え方や習慣の違いを乗り越えるために、過去に培ったものを「上書きする」ことの困難さや工夫を扱うテーマが、「アンラーニング」です。新人のようにまっさらな状態からの参加ではないからこそ、固有の困難さに気を配る必要があります。

※3 複数の先行研究をもとに作成(今城・中村・須東・藤村・今野, 2014; 中原, 2012, 2014; Pinder & Shroeder, 1987)。

 この他にも、研究では様々なオンボーディングを促すための工夫※4が知られています。その中には①個人に求められる工夫もあれば、②組織(受け入れ側)に求められる工夫もあります。どのような人物、場面のオンボーディングかによって、必要な工夫の内容は異なりますが、「個人」「組織」の二面で考えることは、どの場面でも重要になります。

※4 複数の先行研究をもとに作成(Ashforth, Sluss, & Saks, 2007; 尾形, 2020; Parker & Collins, 2010; Shore, Randel, Chung, Dean, Ehrhart, & Singh, 2011; Shore, Cleveland, & Sanchez, 2018; Van Maanen & Schein, 1979)。

結論:このレポート・シリーズの目的

 このように、このレポート・シリーズでは、オンボーディング(組織社会化)という複雑な問題をいくつかのキーワード(理論)を用いて分解し、整理するとともに、オンボーディングの改善策を提案していきます。 その際、特に重視するのが「学術研究と実践の融合」です。人的資産研究所では、所属するセプテーニグループにおいて2010年より継続している人材育成研究の中で培ったオンボーディングの実践経験が豊富にあります。また、人的資産研究所の事業を通じて、セプテーニグループ以外の多様な組織のオンボーディングに関するデータの蓄積も進んでいます。このように「人が組織になじみ、活躍する」ことに関して多くのデータや経験を持つ事業主体だからこそ、オンボーディングに関する実践的な知見を発信するに足る積み重ねがあり、またそれらを社会に発信する役割もあると考えています。 これらの点を踏まえて、学術研究の知見や理論、エビデンスを重視しつつも、豊富な実践経験や、そこから得られたデータから導かれる示唆と併せることで、生きた知識を積み重ねることを目指します。

総論編→理論編→実践編の図