[理論編] 個人の工夫-プロアクティブ行動
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.25

[理論編] 個人の工夫-プロアクティブ行動

本レポートの目的

 本章では円滑なオンボーディングに必要な「新規参入者の側の工夫」として、プロアクティブ行動に注目し、その効果や具体例、有効な活用方法を整理します。

1.プロアクティブ行動とは何か

 これまでのレポートでも触れた通り、プロアクティブ行動とは、人が組織において①自発的に、②将来のことを考えて、③何らかの変化を起こそうとして起こす行動全般のことを指します(Parker, Bindl, & Strauss, 2010)。このように、本来プロアクティブ行動は必ずしもオンボーディングに特化した行動や概念ではありません。しかし、プロアクティブ行動に含まれる具体的な構成要素の中には、特に組織への適応やキャリア開発において重要な行動も含まれるために、オンボーディングの文脈でも重視されています。
 言い換えると、新しい組織に加わる者には、周囲から受容してもらうのを待つばかりでなく、自分から組織適応のために積極的に動く必要があるといえます。具体的には、積極的に情報収集や人脈構築をしたり、周囲からのフィードバックを求めたり、などが挙げられます。この章では新規参入者の主体的な行動がなぜ重要か、特にどのような行動の効果が調査やデータで示されているか、そしてそうした行動を促すためにはどうすればよいかについて、先行研究の知見をもとに論じます。

2.プロアクティブ行動の効果

 では、プロアクティブ行動は新規参入者の組織適応に、具体的にどのような影響を与えるのでしょうか。ここではデータを用いた研究を2つ紹介します。

Anseel et al.(2015)のメタ分析:「フィードバック探索行動」

 この研究はプロアクティブ行動の中でも「フィードバック探索行動」と呼ばれる、周囲に対して自分からフィードバックを求めるという主体的行動の効果を、メタ分析※という手法を用いて検討したものです。この研究では69個の研究が参照されており、フィードバック探索行動は職務満足とプラスの相関関係にあるほか、ネットワーク構築や対人関係構築ともプラスの相関関係がみられました。こうした結果をもとにこの研究では、プロアクティブ行動の中でも特にフィードバック探索行動は組織社会化や組織適応のために特に重要であると論じています。

※メタ分析とは、平易にいえば過去に行われた多数の研究から、変数同士の「平均的な相関関係の強さ」を導き出すような分析手法です。多くの研究は1つの調査や実験のデータに基づいて議論をするものが多いですが、メタ分析ではそうした研究を多数集めることで、より頑健な結果を得て、確実な主張をすることを目指します。

尾形(2020)の研究

 こうした傾向は日本の企業を対象とした調査でもみられています。尾形(2020)はインフラ系企業の若手社員(入社2~7年目)を対象に、組織適応の具合や、日々のプロアクティブ行動の頻度をたずねる調査を実施しました。この研究では、先ほど触れたような一般的に組織適応と関連が深い「フィードバック探索」以外の行動も含む、次の4つの行動が測定されていました。

1.革新行動
2.ネットワーク活用行動
3.フィードバック探索行動
4.積極的問題解決行動

 分析の結果、一般的に重要とされるフィードバック探索行動以外にも、仕事に対する適応や、職場の人間関係・コミュニティに対する適応にプラスの効果がみられました。従って、新規参入者が円滑に組織適応を果たすためには、単に周囲に対してフィードバックを求めるだけでなく、自ら問題解決に動き、ときに葛藤しながらも、対人関係(ネットワーク)を活用しながら、自らをそれを乗り越える姿勢が幅広く重要といえそうです。

3.プロアクティブ行動を促すために必要なもの

 それでは、こうしたプロアクティブ行動を促すためには、何が必要なのでしょうか。ここでは、プロアクティブ行動を促すための3つのメカニズムを示した研究をもとに、考え方を整理します。
 プロアクティブ行動についてまとめた先行研究(Parker, Bindl, & Strauss, 2010)では、人の自発的な行動は主に次の3つのメカニズムによって促すことができるとされています。

 1つ目が”Can do”(できる)と呼ばれるメカニズムです。人にとって、自発的に・新しい行動を起こすことには様々なリスクが伴います。例えば、自分から周囲に新しい提案をしたはいいものの、その提案が拒絶されたり、あるいは「言わない方がいいこと」を言ってしまったことによって阻害されたりするリスクも十分にあります(例: 「生意気な新人だ」と思われて嫌われるリスク)。こうしたリスクが十分に低いと、行為者が感じられることが、プロアクティブ行動の重要な促進要因です。また、リスクが低いばかりでなく、「自分が行動を成功させられるはずだ」という自分に対する自信も強く影響します。人が自ら行動を起こそうとするときには、往々にして①行動に伴うリスクが許容範囲内で、②成功の主観的な確率が十分に見込めるか、が重要な決め手になります。

 2つ目が”Reason to”(理由がある)と呼ばれるメカニズムです。1つ目のメカニズムのようにあるような「ある行動がおそらく成功し、またリスクも低いはずだ」という計算だけでは、人はプロアクティブ行動を必ずしもとるとはいえません。むしろ重要になるのは、「私がその行動をしたい」と思わせるような、理由やモチベーションがそこにあるかだとも考えられます。こうしたメカニズムのことを先行研究では”Reason to”のメカニズムと呼んでいます。具体的に考えられる内容としては、その行動を取ることが自分自身の人生の目標と結びつけて考えられていたり、使命感を感じているような場合、あるいはより身近に「自分が有能であることを実感したい」というような個人の欲求に根差しているような場合が考えられます。

 そして3つ目が”Energized to”(やる気に満ちている)と呼ばれるメカニズムです。これは1つ目や2つ目の内容と比べるとやや単純で、熱意や活力に満ちているなど、人はポジティブな感情のときに創意工夫をしようと突き動かされることを意味しています。

 以上の内容をまとめると、人がプロアクティブ行動を起こしやすいのは、①ある行動を取っても失敗のリスクが低く、また成功できる見込みもあるとき(can do)、②その行動を自ら取りたいと思うに足る理由があるとき(reason to)、そして③前向きでポジティブな感情で日々を過ごせているとき(energized to)、であるといえます。

 それでは、この理論に基づいて、過去の研究ではどのような要因がプロアクティブ行動を促すとされてきたのでしょうか。いくつかの研究から抜粋すると、およそ次のような要因の効果が検証されています。

1.個人のパーソナリティに関する要因
(1)自分を成長させることにやりがいを感じること(熟達目標志向)
(2)誠実性、まじめさ
2.個人の意欲や意識・態度に関する要因
(1)自己肯定感、自己効力感
(2)変化を導くことに対する責任感
3.対人関係に関する要因
(1)ポジティブなフィードバックの頻度
(2)部下を導くリーダーシップ(変革型リーダーシップ)
(3)上司と部下の間の良好な関係
4.職場環境に関する要因
(1)公正な職場環境
(2)自律的で、社員自身がコントロールできる仕事内容
5.その他の要因
(1)明確なゴールの存在

※Anseel et al. (2015), Parker & Collins (2010), Parker et al. (2010), 尾形 (2020)などの複数の先行研究から作成。

 このように様々な要因がプロアクティブ行動を促すとされていますが、多くは先ほどの3つのメカニズムにつながります。そのため、「自社ではどのような要因がcan do, reason to, energized toの3つのうちいずれかにつながるか」という観点から考えを整理すると、自社ならではのプロアクティブ行動促進要因も見つけやすいといえます。

4.プロアクティブ行動と、その促し方の具体例

 プロアクティブ行動の促し方の具体例として、セプテーニ・ホールディングスで行われている次のような活動が事例として挙げられます。

パーソナリティに合った環境で働く工夫

 セプテーニ・ホールディングスでは、独自に概念化した「育成方程式(Growth=Personality×Environment)」に沿って、人材の個性に合った環境(チーム・仕事)で働くことができるよう、日々工夫を重ねています。こうして上司―部下関係や、組織と個人の関係を少しでも良好にすることが、間接的に、自発性を引き出すことに寄与している可能性があります。こうした個人と組織の「適合」のことを先行研究は「Person-Environment Fit」と呼んでおり、これもまたプロアクティブ行動や組織適応を促す重要な要素だといわれています(Deng & Yao, 2020)。

自発性を引き出す制度的工夫

 加えて、セプテーニ・ホールディングスでは、公正性を担保する仕組みや、新規参入者を含む個々の社員の挑戦を促す制度など、広く「自発性」を促す仕組みもいくつか設けられています。例えば、社内評価には全社員を対象としたオープンな360度評価も含まれており、「上から下を評価する」だけの場合と比べて、公正性を担保する仕組みになっているといえるかもしれません。
 また、前掲の“Can do”につながる仕組みとして、社員が「会社の未来」についてできること・すべきことを論文形式で募集する懸賞論文や、社内の新規事業コンテストなどの場も整備されています。こうしたイベントの場で自発性が発揮されることもさることながら、こうした多様なイベントの存在が象徴となり、社内でも「自発性を発揮することは良いことだ」と認識されやすいという間接的な影響もありうると考えられます。
 そして、同社では前掲の“Energized to”につながる仕組みとして、感謝・称賛の場も多く設けられています。例えば、同社では一年に一度、周囲への感謝の気持ちをこめたメッセージを任意の相手同士で贈りあうイベントも行われており、こうした取り組みが「ポジティブな気持ちで仕事に取り組む」という組織風土を作り出し、それが日々の仕事に対する自発性や積極性を促すとも考えられます。

5.キーワードとまとめ

プロアクティブ行動とは、人が組織で自発的に、将来のことを考えて、変化を起こそうとする行動全般のことを指します。

✓その中でも、積極的に周囲からのフィードバックを求めるフィードバック探索行動は、組織社会化や組織適応のために非常に重要・有効と考えられています。

✓プロアクティブ行動を促すためには、①失敗のリスクを下げるとともに、成功できる見込みを高めるよう働きかけること(can do)、②その行動を自ら取りたいと思うに足る理由を見つけてもらうこと(reason to)、そして③前向きでポジティブな感情で仕事に向かってもらうこと(energized to)、が有効とされています。