時系列データを用いた初期適応が与えるキャリア影響
  • 更新:2023.05.19
  • 投稿:2022.11.25

時系列データを用いた初期適応が与えるキャリア影響

研究レポートの要約

 本レポートでは、株式会社セプテーニ・ホールディングスに蓄積された2012年から2019年までの人材のデータを用いて、新入社員の早期の組織適応と、その後の人材の活躍の関係を定量的に分析した。新入社員が入社後の早期に組織に適応することは、これまでの実務や研究において半ば当然のように重要視されてきた。しかし、早期に組織に適応できた社員ほど、その後の職業人生において「活躍」する傾向がどれほど強くみられるのだろうか。株式会社セプテーニ・ホールディングスには、長年にわたって人材の「活躍」に関するデータが蓄積されているという特殊性がある。これを活かし、2012年から2019年まで経時的に蓄積されたデータを用いて、ある社員の入社直後の組織適応が、その後数年間の「活躍」にどの程度の影響を与えていたのか、定量的に検討を行った。この分析を通じて、早期の組織適応が本当に重要だと言えるのか、株式会社セプテーニ・ホールディングスの事例をもとに考察を行う。

研究背景

1.はじめに

背景

 組織で働く人にとって、組織に円滑になじむことの重要性は、実務・学術を問わず度々指摘されてきた。例えば、産業・組織心理学の領域では「組織社会化」(organizational socialization)、「組織適応」(organizational adaptation)などの名称で研究が蓄積されており、どのようにして新人を円滑に組織に受け入れるか、あるいは新人がどのようにして円滑に組織になじんでいくのか、その定量的な検討が重要な研究課題となってきた(e.g.,尾形,2012;Takeuchi&Takeuchi,2009;Van Maanen&Schein,1979)。本研究では、こうした「組織になじむこと」全般を指して「組織適応」と表現して、以降の議論を進める。
 セプテーニ・ホールディングスにおいても、人材育成において組織適応が重要な役割を果たすと位置づけ、各種施策を実施してきた。セプテーニ・ホールディングスでは、人材の活躍度の指標として、全社員を対象とした360度評価評価を用いている。本研究でも、この360度評価において、新入社員が、若年社員に相応に求められる十分な評価ないし評判を得ることができるようになることをもって、同社における「適応」を果たしたと定義する。
 組織適応を早期に促すための施策として、同社では具体的に、(1)採用時点で学生を対象にキャリアフィードバックを行うことで入社後のイメージを明確化することを促す取り組みや、(2)「育成方程式」に基づいて、早期に成長を遂げられるように人材の配置や教育の定量的な改善に取り組むことが行われている。こうした取り組みの背後にあるのは、前掲の通り、働く人が組織に適応すること、特に入社後およそ1年以内を目途とした「早期」に適応することが、当該人材の将来にとって非常に重要であるという考え方である。
 しかし、果たして適応が「早期」に果たされることには十分な効果や意義があるのだろうか。特に日本社会では、従来から新卒採用や終身雇用が一般的で、人材を長期間かけて育成することが浸透している。そのため、たとえ早期に組織適応が出来なかったとしても、数年で挽回する、いわば「大器晩成」を意図した人材育成も可能かもしれない。あるいは、そもそも組織適応に数年がかかることが前提とされており、1年以内のような早期の適応は求められていない可能性もある。もしそうであるならば、必ずしも入社後半年や1年間で組織になじみ、活躍することに尽力せずとも、数年や10年などの長期的な目線で人材育成ならびに組織適応に取り組むという立場もあり得る。こうした様々な人材育成に対する考え方に対して、定量的な議論を行うための論拠を提供する意味でも、入社後およそ1年という早期に適応することがどの程度当該社員のその後の活躍やキャリアを左右することになるのか、データを用いた検討が必要であると考えられる。

本研究の目的

 以上の議論を踏まえて本研究では、セプテーニ・ホールディングス社内で蓄積された過去の人材データを用いて、早期の組織適応の効果の有無を検討することを目的とする。セプテーニ・ホールディングス内では、過去20年分近くの人材データが蓄積されており、社員に固有のIDに基づいて分析を行うことで、どのような特徴の社員が、どのような成長のプロセスを辿ったかを分析することが可能である。本研究ではそのデータの一部を用いて、「早期適応」の効果について、次の2つの観点から検討を行う。
 社員に対する評価の持続性の検討 第一に、社員に対する評価の持続性を検討する。本研究ではある社員に対する初期の評価の高低が、その後の当該社員に対する評価の高低にも数年にわたって影響し続けることを指して「持続性」と便宜上定義する。一例として、入社後すぐに得た社内評価が高い人が、5年後にも社内評価が高い場合に「評価の持続性がある(または評価が持続している)」と定義する。一般的に言えば、組織において一度培った評価や信頼関係は容易には損なわれにくい。また、良い評価を得ているからこそ、他者から様々な支援や資源(手助けや、成長に繋がる仕事の機会など)を獲得することができ、それが更なる人材の成長や、信頼の獲得・強化に繋がることが考えられる。初期適応に関しても同様であり、初期に社内で良い評価を得られた新入社員ほど、同僚や先輩、上司からの良い評判を獲得し、以降の支援や資源の獲得に繋がり得る。これが当該社員の更なる成長に繋がり、一層評価が高まるということが予想できる。ただしこうした評価の持続性は数十年に渡って職業人生の全てを完全に決定するとは考え難い。そこで本研究では、入社後1年以内の早期適応の程度が、何年後の社内評価にまで影響を及ぼし得るのか(つまり初期の評価が高かった人の方が、そうでない人よりも評価が高い状態が、少なくとも何年間続くのか)、探索的に検討を行う。
 営業業績に対する影響の検討 上記と同様の理由により、初期適応は当該社員のその後の営業業績もある程度左右し得るのではないかと考えた。特にセプテーニ・ホールディングスでは、プロジェクトを組んで仕事が行われることが多く、良い評判を蓄積して「他の社員から声がかかる」ことが、大規模なプロジェクトに関わるために大きな役割を果たす。この点は、社員の仕事の成果に対して、報酬以上に、「良い仕事」で報いるという日本企業の伝統的な特徴にも近いと解釈することもできる(e.g.,高橋,2004)。こうした仕事の特徴からいっても、早期に会社への適応を果たして良い評価を獲得することが、次の仕事に繋がり、それが更なる仕事の獲得に繋がるなど、営業業績の連鎖的な拡大に寄与するかもしれない。こうした予想から、本研究では、入社後1年以内の早期適応の度合いが、その後の営業業績にも一定の影響を及ぼすのではないかと考える。
 以上の2つの問いを検討するために、新入社員の適応と、その後の社内評価や営業業績の関係を分析した。

 

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