[総論編] リアリティ・ショックの概要
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.25

[総論編] リアリティ・ショックの概要

本章の目的

 本章では、組織にうまくなじんで活躍できるかどうかに大きな影響を与える「リアリティ・ショック」という概念について紹介します。そのうえで、リアリティ・ショックのネガティブな影響を抑えつつ効果的なオンボーディングを実現するために、新人との関わり方や仕組みづくりなど、組織として取り組める施策をお届けします。

組織における早期離職の痛手

 新規大学卒社員の3年以内離職率が約30%と言われるなか、企業にとって従業員の離職は大きな痛手となります(厚生労働省, 2021)。活躍している社員が抜けて人的リソースが減る現場側のダメージはもちろんのこと、その社員の活躍を見込んで注いできた採用・育成コストに対するリターンが十分に回収できないという人事・経営側のダメージもあります。採用コストについて、マイナビ社が2019年に実施した企業新卒内定状況調査では、新卒採用の採用単価は約48万円と報告されています(マイナビ, 2019)。近年の有効求人倍率の高まりを考えると(厚生労働省, 2022)、採用コストは今後上昇することが考えられます。本レポートをお読みのみなさまは、現場マネージャーや人事、あるいは経営者の立場から、従業員の離職という出来事に頭の痛い思いをしている方も多いのではないでしょうか。
 本レポートのテーマであるオンボーディングも、新入社員の活躍を促し、離職を抑える働きが期待され、近年注目を集めています。人的資本への関心の高まりから、働く環境や育成・研修制度を整備し、求職者向けにPRする企業も増えています。しかし、こうした関心の高まりや企業努力にもかかわらず、初職の離職理由を見るとネガティブなものが中心を占めています(厚生労働省, 2021)。
 最初からネガティブな理由で離職するつもりで入社してくる人はほとんどいないはずなのに、結果的にミスマッチや不満を理由に離職する人が多いのはなぜでしょうか。さまざまな要因が関わってくる領域ではありますが、本章では入社前と後の間に何らかの「予想外」や「期待はずれ」が生じているところに注目します。この予想外や期待はずれは、学術研究の世界では「リアリティ・ショック」と呼ばれています。リアリティ・ショックは後述するように、オンボーディングの成否や、組織にうまくなじんで活躍できるかどうかに影響を及ぼします。予想外をうまくコントロールし、新人のリアリティ・ショックに配慮することがオンボーディングの成功には不可欠です。

「リアリティ・ショック」の定義と概要

 新しい環境に身を置いたばかりの頃は、多かれ少なかれ予想と現実との間に違う印象を受けるものです。人間は未知の環境を事前に完全にイメージできるわけではないので、これは当然のことですし、特に大学を卒業したばかりの社員では「社会」と「企業」という二重に新しい環境に飛び込むことになるので、新鮮な驚きの連続でしょう。
 こうした新しい環境で生まれる予想外や期待はずれのうち、新人としての組織での活動にネガティブに働くものを、学術研究では「リアリティ・ショック」と呼んでいます。より学術的な定義では「入社前に形成された期待やイメージが、入社後の現実と異なっていた場合に生じる心理現象で、新入社員の組織コミットメントや組織社会化にネガティブな影響を与えるもの」とされています(尾形, 2020)。
 リアリティ・ショックは組織行動にさまざまな影響を及ぼしますが、組織にとって最も痛手となるのが離職です。尾形(2020)が行なった調査では、リアリティ・ショックと離職意思の関連が報告されています。しかし、ここで注目すべきは、リアリティ・ショックにもいくつか種類があることと、すべての種類が離職につながるわけではないことです。先に述べたように、新しい環境では必ず何らかの予想外や驚き、期待はずれがあります。それでも全員が離職するわけではないところに、リアリティ・ショックの種類に注目してそれぞれの影響範囲を検討する意義があります。
 尾形(2020)は、ある企業の離職者と在職者(離職していない人たち)の間で、彼らが感じたリアリティ・ショックを調査・比較する研究を報告しています。その結果、離職者のリアリティ・ショックには在職者と比べて以下の3つの特徴があることが見出されました(表1)。

離職者が感じたリアリティ・ショックの特徴(表1)

 こうした研究結果を踏まえると、リアリティ・ショックを完全になくすことが不可能である以上、上記の3点のようにネガティブな影響の大きいものに対して改善の施策を打つことが重要だと考えられます。

リアリティ・ショックの原因

 本節の最後に、リアリティ・ショックの原因を大まかに整理します。リアリティ・ショックは「新人が入社前に抱いていた期待と入社後の現実のギャップ」であることから、その原因は「期待」と「現実」の2方向に求められます。ただし、現実の部分は組織活動の多くの領域に関わるものであり、各領域の専門記事や文献に詳しくまとめられていることから、本レポートでは新人が入社前に抱く期待のほうに焦点を当ててまとめます。
 求職者の期待の形成には、さまざまな要因が関与しています。尾形(2004)は入社を直前に控えた日本の大学生へのインタビューから、就職先の企業に期待することとして、自己/タスク/職務環境/報酬の4つを抽出しています(表2)。

日本人大学生が就職先企業に期待すること(表2)

 こうした期待は、幼少期の経験や、インターンシップ等の職業トレーニング、就職活動時の採用プロセス(カジュアル面談や面接でのやりとり)などによって影響を受ける動的なものです(Dean et al., 1988など)。このような要素が影響してくる期待形成プロセスで現実と乖離のある期待が形成され、乖離が解消されないまま入社すると、リアリティ・ショックが生じえます。
 現実と乖離のある期待はどのように形づくられるのでしょうか。ここでは特に採用プロセスでの企業のふるまいに着目してまとめてみたいと思います。まず考えられるのは、求人票や説明会、面接といった、求職者に情報を伝える場面で、企業の実態と異なる情報が伝えられるためです。たとえば、求職者への印象を良くするために、新人の裁量権を実際よりも広いかのように説明会で伝えたり、面談場面で時間外労働の量を少なめに伝えたりすることが挙げられます。
 第二に、中原・小林 (2021) は、採用コミュニケーションの構造的な特徴によって、実態と異なる情報が伝わる可能性があり、それを求職者が信じやすい状況ができていると指摘しています(図1)。

ギャップが生じやすい採用コミュニケーションの構図(図1)

 求職者の視点からは、数名の採用担当者や面接者が組織を代表して接してくるように見えます。しかし、企業内での情報共有のあり方が複雑だったり、特に大きな会社だと少数のメンバーで全体の動きや詳しい働き方などを把握することが難しくなったりするといった事情のため、求職者に向き合う人がもつ情報はどうしても部分的なものとなります。そのため、採用担当者や面接者から求職者へ話すときには、必ずしも完全な情報になりません。ここまでが実態とは異なる情報が伝わる可能性があるメカニズムです。ところが、求職者からすれば採用担当者や面接者は組織の代表に見えるので、伝えられた情報が確かなものだと思い込みやすくなるというわけです。結果的に、企業からは意図せず実態と乖離した情報が伝えられ、一方で求職者はその情報を信じやすくなっているので、ギャップが生じるということになります。
 第三に、よりシンプルな構造上の問題として、会社の方針に現場の対応が追いついていないというケースもあります。たとえば、経営層の方針としてはジョブ型採用を推進すると表明しているものの、現場レベルではポジションごとの職務記述書の作成や受け入れ体制の整備が追いついておらず、結果として求職者に届けられる情報と実態の間にギャップが生じるという事態が挙げられます。意思決定と現場での体制構築・運用には時間的なギャップが生じるのは当然です。このように、公式な方針と現場での対応にギャップが生じている状態は、学術用語では「脱連結」と呼ばれています(Meyer & Rowan, 1977)。採用場面に限らず、各所で起こりがちな現象ではないでしょうか。
 このように、リアリティ・ショックの要素の中の「求職者の期待」に注目した場合には、採用プロセスでのコミュニケーションの取り方や、コミュニケーションを取り巻く構造など、複数の要素が関与していることが見えてきます。
 本章では、リアリティ・ショックの概要とその原因、オンボーディングの課題との関連性を概説しました。後続の章では、リアリティ・ショックの功罪にさらに踏み込みつつ、実務的な対処法を紹介していきたいと思います。

キーワードとまとめ

✓オンボーディングをスムーズに行ない、組織にとって痛手となる社員の早期離職を抑える方策のひとつとして、リアリティ・ショックのコントロールが挙げられる

✓リアリティ・ショックとは、入社前に抱いていた期待と入社後の実態のギャップのうち、新人の組織行動にネガティブな影響を与えるもののことを指す

✓リアリティ・ショックを完全になくすことは不可能だが、特にネガティブな影響を与える種類のショックとその特徴を理解することで、改善施策を打つことができる

✓リアリティ・ショックの原因には、採用プロセスでのコミュニケーションの取り方や、コミュニケーションを取り巻く構造など、求職者の期待形成に関する複数の要因が関わっている

文献

  • 尾形 真実哉(2004)新人の職場への適応プロセスーリアリティ・ショックと適応戦略の変容に関する経時的分析 『神戸大学大学院経営学研究科博士課程モノグラフシリーズ』#004
  • 尾形 真実哉(2020) 若年就業者の組織適応 リアリティ・ショックからの成長
  • 株式会社マイナビ (2019) 2019年卒 マイナビ企業新卒内定状況調査
  • 厚生労働省(2021) 新規学卒就職者の離職状況
  • 厚生労働省(2021)令和2年雇用動向調査
  • 厚生労働省(2022) 有効求人倍率統計表
  • 中原 淳・小林 祐児(2020) 働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは KADOKAWA
  • Dean, R. A., Ferris, K. R., & Konstans, C. (1988). Occupational reality shock and organizational commitment: Evidence from the accounting profession. Accounting, Organizations and Society, 13(3), 235-250.
  • Meyer, J. W., & Rowan, B. (1977). Institutionalized organizations: Formal structure as myth and ceremony. American journal of sociology, 83(2), 340-363.