[理論編] リアリティ・ショックへの対処
  • 更新:2023.02.13
  • 投稿:2022.11.25

[理論編] リアリティ・ショックへの対処

 【第2部】[総論編] リアリティ・ショックの概要ではリアリティ・ショックの概要と、それをオンボーディングの際に考慮することの重要性を概観し、続く【第2部】[理論編] リアリティ・ショックの明暗では、リアリティ・ショックの影響をネガティブ/ポジティブの両面から紹介しました。本節では、ここまで解説してきたリアリティ・ショックに対して企業としてどう立ち向かっていけば良いのか、具体的な対処法を学術研究の知見とともに紹介します。自社の採用プロセスやオンボーディングの取り組みを振り返りながらお読みいただき、自社に合った対処法を考えるきっかけとして活用ください。

採用プロセスで有効となるRJP

 ここまで紹介してきたとおり、リアリティ・ショックは「入社前に形成された期待やイメージが、入社後の現実と異なっていた場合に生じる心理現象で、新入社員の組織コミットメントや組織社会化にネガティブな影響を与えるもの」と定義されています(尾形, 2020)。つまり、入社前の期待と入社後の実態認識の乖離が問題となるので、その両方を適切にケアすることが必要です。まずは、入社前、すなわち採用プロセスにおいて企業が実践できる対処法を紹介します。
 先に示したリアリティ・ショックの定義を踏まえると、入社前時点では、求職者の期待が組織や職務の実態から大きく乖離しないようにすることが重要となります。そのために近年注目を集めている方法が RJP(Realistic Job Preview: 現実的職務情報の事前提供)です(Wanous, 1973)。これは端的に言うと、組織や職務に関して、良いことも悪いことも包み隠さず、実態に即した形で求職者に伝えることです。具体的には、残業や休日出勤の頻度や時間について、過少に見せるのではなく実態を伝えたり、専門職での採用だが、部門を立ち上げて間もない段階なので専門業務以外の事務管理・調整業務が発生することを伝えたりするといったことが挙げられます。現実にもとづいた職務や条件を伝えることにより、求職者の期待が過剰にならない範囲で調整し、入社後の幻滅を防ぐことができます。こうした効果はワクチン効果と呼ばれています。
 さらにRJPには、以下に挙げるような2つの効果があり、リアリティ・ショックの予防に限らないメリットが指摘されています(服部, 2016; Wanous, 1992)。1つ目は自己選抜効果やマッチング効果と呼ばれるものです。これは、ネガティブな面を含めて先に開示することで、その条件に納得した求職者が応募・入社してくるため、結果的にその組織にマッチした人材が獲得できるというものです。ミスマッチによる早期離職を防ぐことができるのみならず、親和性や志望度の低い求職者からの応募を抑えられることから、採用担当者の負担を軽減できるというメリットもあります。もう1つは、コミットメント効果と呼ばれるものです。ネガティブな側面も含めたリアルな情報の提供は、求職者に誠実で正直な組織という印象を与え、選考や入社後の業務に対して高いコミットメントを引き出せることが期待されます。

RJPの実践方法

 RJPの具体的な実践方法としてまず挙げられるのは、説明会や面接・面談の場面で採用担当者から良い面も悪い面もあわせて伝えることです。ここでは、その他に実務に焦点を当てたRJPの実践方法と、社会心理学の理論に立脚した伝え方を紹介し、具体的な実践についてイメージを膨らませていただきたいと思います。
 実務に関する実態を求職者に伝えるには、実際に体験してもらうことが何より有効です。青田(2019)では、インターンシップや体験入社、ワークサンプルテストといった施策により、業務を体験させることがミスマッチ防止に有効だと指摘されています。ワークサンプルテストは実際の業務を模した選考課題を与え、実践的なスキルレベルを調べる選考手法です。選考時にスキルレベルの見極めを正確にできるだけでなく、業務の実態を反映した課題であれば求職者に仕事の具体的なイメージをもってもらうことができるため、RJPとしての効果が期待されます。テスト課題の開発や提供、感染対策をしながらの実施にハードルがあるという課題もありますが、最近ではオンライン上で実業務形式の課題を提供できるサービスも展開されており、導入しやすい環境になってきています。また、インターンシップや体験入社を含むこうした施策は、実務に関する実態を求職者に伝えるのみならず、職場の様子や同僚の雰囲気を体感することにもなるため、RJPとしての効果は高いと言えるでしょう。
 続いて、採用プロセスの各フェーズにおいて、どのようなメッセージを伝えるのが効果的なRJPに繋がるのか、社会心理学の理論も援用しながら紹介します。実態を正直に伝えるのが有効だとわかっていつつも、採用候補者が集まらなかったらどうしようか、魅力の部分が十分に伝わらずに親和性の高い求職者にまで敬遠されてしまったらどうしようか、という懸念は採用担当者につきまとうと考えられます。ここでは、以下のように採用フェーズ別に発信する内容を変える工夫を紹介します。

・募集段階:自社にポジティブなイメージを抱いてもらえるようなメッセージを発信
・検討段階:具体的・合理的なメッセージを伝え、濃密な関係を構築

 つまり、RJPを含む具体的な情報を伝えるのは、採用プロセス中盤以降の、求職者が具体的に入社を検討しはじめるタイミングが良いのではないかということです。
 この方法の背景には、精緻化見込みモデルと呼ばれている社会心理学の理論があります(Petty & Cacioppo, 1986; 服部, 2016)。これは、人が意思決定のときに受け取った情報を精査するには、一定の準備が整っている必要があることを説明した理論です(図1)。

精緻化見込みモデルにもとづく求職者の状態とRJPの効果の関係の図(図1)

 この理論では、受け取った情報を精査する能力と動機(モチベーション)に着目しています。
 採用プロセスの初期で応募企業についてまだよく知らなかったり、志望度が高まっていなかったりと、能力と動機が不十分な状態では、情報はあまり精査されません。結果として、企業のブランドイメージや説明担当者の雰囲気など、周辺的な情報に左右されやすくなっています。詳細な情報は受け止められず素通りしてしまいがちなため、具体的なRJPは有効に働きません。ネガティブな印象を受けて敬遠されてしまうこともあるでしょう。そのため募集段階では、ポジティブなイメージを抱いてもらえるようなメッセージを発信し、まずは関心をもってもらうことが大切になります。
 一方、採用プロセスの中盤以降では、求職者も企業や業界に関する知識がつき、選考が進むにつれて入社を見据えた検討をするようになります。情報を精査する能力と動機がともに高まった状態です。この段階でこそ、RJPが効果を発揮します。求職者は検討に役立つ具体的な情報を精査する準備が整っているため、ネガティブ/ポジティブ両面の情報を提示することで意思決定に役立ててもらうことができます。このように、採用プロセス内のフェーズによって受け止められやすい情報の種類が変わることを意識しておくことで、RJPを有効に実践できるようになります。

入社後に企業が行なえる対処

 ここまで、リアリティ・ショックの要素となる入社前の期待と入社後の実態のうち、前者に関する対処法をまとめてきました。ここからは、入社後のオンボーディング段階で企業が実践できる対処法について、実証研究をもとに紹介していきます。
 中原・小林(2021)では、転職者を対象とした調査の中で、転職者が上司や同僚から受けられる支援を次の4つに分類しています。

1.メンタリング支援:自身の振る舞いや仕事についてアドバイスをしてもらえること
2.ネットワーク支援:キーパーソンを紹介してもらえたり、組織内で「誰が何を知っているか」という情報を教えてもらえたりすること
3.フィードバック支援:自身の振り返りや気づきを促進してもらえること
4.セーフティネット支援:安心や心理的な安全を提供してもらえること

 中原らの調査では、上のような支援を上司や同僚から得られた転職者では、組織や仕事の進め方へのなじみが早く、個人のジョブパフォーマンスが高いという結果が得られました。中原らは、転職者セルフ・オンボーディング(自ら能動的に組織になじむように行なう行動)を、これらの4つの支援が促進しているのではないかと考察しています。上司や同僚がこれら4つのポイントを意識した受け入れやオンボーディング支援を行なうことが、入社後の幻滅を抑え、リアリティ・ショックを軽減することにも繋がると考えられます。
 また、特に新卒入社者に対しては、入社前に考えていた今後のプランを入社時にいったん白紙に戻し、入社後のキャリアを一緒に考えるという、キャリアプランの白紙化という手法も提案されています(曽和・伊達, 2020)。入社前のキャリアプランが明確なことは、採用選考時にはポジティブに働くことが多いですが、新卒社員では全員が希望した配属になるとは限りません。希望していた部署に配属されなかった幻滅からリアリティ・ショックが生じる可能性が高いため、入社前のキャリアプランを一緒に見直したり、実際の配属先での業務をキャリアパスとすりあわせたりすることでショックに対応することになります。具体的には、最初の配属でもともと想定していたキャリアが閉ざされるわけではないことや、多くの人は偶然性によってキャリアアップしていくというプランドハップンスタンス理論(計画的偶発性理論)(Mitchell, Al Levin, & Krumboltz, 1999)のような考え方を丁寧に説明し、納得してもらう方法が曽和・伊達(2020)では紹介されています。加えて、希望どおりの配属にならない可能性があることなどを入社前に開示して納得してもらう、一種のRJPを実践する方法も考えられます。ただし、希望通りだった場合にもリアリティ・ショックの罠があるというデータがセプテーニグループの検証結果として確認されています。希望通りになるほど入社者の期待値も高くなるため、イメージしていた仕事と実態の乖離があったり、思うような仕事の成果が上げられない場合も尚のこと「期待はずれ」という心理状態を生み出しかねません。そのため、希望通りの配属を行えばリアリティ・ショックが軽減できる訳でもないため、いずれの場合においても新卒社員のリアリティ・ショックへの対処は検討すべきだと考えられます。
 セプテーニグループをはじめ、昨今アセスメントツールを活用して「相性の良い配属先」を検討する動きも出てきています。こうした試みを積極的に行うことについて事前に理解を得ておいたり、実際に働きやすい環境であるならばリアリティ・ショックの軽減に繋がるでしょう。

企業の状況によって変わる対処

 ここまで、リアリティ・ショックへの対応について企業で実施できることを、入社前後に分けてまとめてきました。最後に、企業の置かれた状況によってリアリティ・ショックへの適切な向き合い方が変わってくる場合があることを紹介します。
 たとえば、安定している企業と成長企業ではRJPの効果が変わってくるであろうことが曽和・伊達(2020)では指摘されています。曽和らは、安定企業ではRJPの実施によってリアリティ・ショックを最小化し、痛手となる早期離職を抑制することが有効であろうと述べています。この背景には、安定企業では業務内容や組織フェーズが大きく変動することが少ないため、RJPによって組織や業務の実態を伝えやすく、求職者の期待との調整がしやすいことなどがあるでしょう。一方、成長フェーズの企業では、業務内容や組織体制が目まぐるしく変わることも多く、RJPを試みたとしてもリアリティ・ショックが起こることは避けにくい状況にあります。このようなフェーズの企業の場合、リアリティ・ショックが起こることを前提とした採用活動を実施することを曽和らは勧めています。具体的には、変化が激しいために採用段階で伝えたことが入社時に当てはまるとは限らないことをあらかじめ求職者に伝えたり(これも一種のRJPかもしれません)、組織体制や業務内容の変化の軸となっている経営方針や理念のような、組織の大局の部分に共感してもらうような採用・選考を行なったりすることが重要になってくると考えられます。
 安定/成長といった企業のフェーズだけでなく、業界自体の成熟/新興、業界における企業のポジションや経営方針(オペレーション/イノベーション)などによっても、リアリティ・ショックに対する適切な対応は変化してきます。そうした点では、どの組織にでも当てはまる万能薬的なリアリティ・ショックへの対処法はないと言えるかもしれません。ここまで解説してきたリアリティ・ショックの概要や原因、実践方法などを原則に据えつつ、自組織に合った対処法を開発していただければと思います。

キーワードとまとめ

✓採用プロセスでは、良いことも悪いことも包み隠さず、実態に即した形で求職者に伝えるRJP(Realistic Job Preview)が、リアリティ・ショックの予防に効果的である

✓RJPのための具体的な施策として、インターンシップや体験入社、ワークサンプルテストなど、実務を経験する機会を提供することも有効である

✓社会心理学の精緻化見込みモデルによると、採用プロセス序盤の募集段階では自社にポジティブなイメージを抱いてもらえるようなメッセージを発信し、中盤以降の検討段階になってから、RJPを含む具体的・合理的なメッセージを伝えることが有効だと言える

✓入社後にできるリアリティ・ショックへの対処法としては、同僚や上司による4つの支援(メンタリング支援・ネットワーク支援・フィードバック支援・セーフティネット支援)を行ない、新人のセルフ・オンボーディングを促進することが大切である

✓企業のフェーズや方針によって、RJPが有効に機能する場合とそうでない場合があるなど、リアリティ・ショックへの適切な対応は変わってくる場合があるので、自組織に合った対処法を開発していく必要がある

文献

  • 青田 努 (2019). 採用に強い会社は何をしているか 52の事例から読み解く採用の原理原則 ダイヤモンド社
  • ​​尾形 真実哉 (2020).若年就業者の組織適応 リアリティ・ショックからの成長 白桃書房
  • 曽和 利光・伊達 洋駆 (2020). 組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス ソシム
  • ​​中原 淳・小林 祐児 (2021). 働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは KADOKAWA
  • 服部 泰宏 (2016). 採用学 新潮社
  • ​​Mitchell, K. E., Al Levin, S., & Krumboltz, J. D. (1999). Planned happenstance: Constructing unexpected career opportunities. Journal of counseling & Development, 77(2), 115-124.
  • ​​Petty, R. E., & Cacioppo, J. T. (1986). The elaboration likelihood model of persuasion. In Communication and persuasion (pp. 1-24). Springer, New York, NY.
  • ​​Wanous, J. P. (1973). Effects of a realistic job preview on job acceptance, job attitudes, and job survival. Journal of applied psychology, 58(3), 327.
  • ​​Wanous, J. P. (1992). Organizational Entry: Recruitment, selection, orientation, and socialization of newcomers. Addison Wesley Publishing Company.